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3568. 欧州の片田舎を訪れる夢と"re"と"R"の解釈に関する夢


時刻は午前九時に近づいているが、相変わらずあたりは薄暗い。もう少しすれば明るくなるのだろうが、今日もまた曇りであるから、結局今日も太陽の姿を拝むことはできないだろう。

もうここまでくると、もっと抑鬱的な天気が続いてくれと開き直りたくなる。しかし、幸か不幸か、明日からは天気が回復するようであり、クリスマス中は雨が降らないらしい。

もうここ何日もスクリャービンのピアノ曲全集を聴いている。今日もそうしようと思う。

スクリャービンの曲に美を見出し、このように一旦深く対象に迫ることができていることを嬉しく思う。新たな感覚が自分の中で育まれ、その感覚の中でも美的感覚を司るものが幾分変容したがゆえに、今このようにしてスクリャービンの音楽に毎日触れているのだろう。

先ほどまで今朝方の夢について振り返っていたが、実際にはまだその他にも夢を見ていたことを思い出す。夢の中で私は、欧州のどこかの国の片田舎に住む日本人女性の家を訪問し、そこでその方の話を聞いていた。

その方と私は一切面識はない。私はその方の家に一人で訪問したわけではなく、両親と一緒だった。なにやら、父がサポート役になって、母が中心になって行なっているコンサルティングのような仕事があるらしく、私はその単なる付き添いであった。

その方の家はとても落ち着きがありながらも、お洒落な家具がたくさんあった。私たちはリビングルームに案内され、そこに置かれていた大きなテーブルの席に着いた。

その方が飲み物を出してくれ、それを飲みながら話が始まった。すると、母が事前に準備した書類に印刷上の不備があったらしく、その方が持っているコピー機を使って資料を印刷し直すことになった。

コピー機の前で父と母がなにやら話をしている姿を遠くで見ながら、私はその方とお茶を飲みながら少し会話をし始めた。しばらくすると、印刷が無事に終わったようであり、両親が再びテーブルに戻ってきたところで夢の場面が変わった。

次の夢の場面では、私は何かのワークショップに参加していた。そのワークショップは、私の知り合いのエグゼクティブコーチの方が補佐役を務めていた。

ワークショップでファシリテーターを務める方は知り合いではなく、まずはその方がどういう人なのかに興味を持ちながらワークショップに参加していた。

ワークショップが半ばに差し掛かったところで、そのファシリテーターの方がホワイトボードに、“No Where=Now Here”という言葉を書いた。その言葉の意味は、どこにもないこと、あるいはどこでもないということは、即今ここであることを示唆する。

言い換えるとそれは、今ここというのはどこか特別な場所にあるのではなく、絶えず私たちの目の前にあり続けることを示唆する言葉である。この言葉を最初に耳にした人にとっては気づきが多いと思われるが、そのワークショップに参加している人であれば、すでにその言葉を過去に聞いたことがあるだろうと思っていた。

すると、そのファシリテーターの方もそれを承知のようであり、一言述べた。

ファシリテーターの方:「この言葉の最後の、“re”を取り外して考えてみてください。さて、この“re”が持つ意味は何でしょうか?」

私はその問いかけを受けて、それは“reverse”、すなわち私たちはいついかなる瞬間においても、還るべき帰る場所に自己が向かっていることを示唆しているのではないかと考えた。別の表現で言えば、私たちは今ここで、常に絶対的に、自己を超えた大きな存在としての自分自身に帰還しているのではないかと思った。

私は、その解釈は直感的に正しいと感じていた。その解釈をワークシートに書いている最中に、エグゼクティブコーチを務める知人の方が私のワークシートを覗き込みながら私に話しかけてきた。

知人の方は、一瞬考え込んだような表情を見せながらも、にこやかな表情をしながら、「その調子でワークシートを記入してください」と述べた。すると、ファシリテーターの方も私に声をかけてきたので、“re”に関する自分なりの解釈を伝えたところ、その方は当惑した表情を浮かべた。

どうやら彼が想定していた意味とは違う解釈を自分が行っていたようだ。その方の反応を見た瞬間、このワークショップが極めて胡散臭く、質が低いように思えた。

ファシリテーターの方は特にフィードバックのコメントを私にすることはなく、再びホワイトボードの前に戻って行き、ワークショップを続けた。

ファシリテーターの方:「先ほどの“re”については、もう忘れてくださいね。実は、このワークショップではたくさんの“R”が付く理論を参考にしているんですよ〜」

ファシリテーターの方は何かお茶を濁すようにそのように述べた。私は少し前にこのワークショップに対して幻滅をしていたが、その言葉によってさらに幻滅感が強まった。

だが、“R”という言葉に私はまたしても反応し、「このワークショップには“Integral Theory”も使われているのだろうか?」と考えた。すると、私の横に座っていた参加者の一人が、「私、プログラミングができるんです。それを用いてこのワークショップに貢献したいです!」と大きな声で述べた。

一瞬、その人が突然何を言い出したのかと思ったが、その方はきっと、プログラミング言語のRを活用することができるんだろう、と思った。しかし、R言語でこのワークショップにどうやって貢献するのかが定かではなく、その可能性について考えているところで夢から覚めた。フローニンゲン:2018/12/23(日)09:15

No.1507: Deceitful Happiness

I was thinking about the distinction between authentic happiness and deceitful one.

Which happiness are we feeling right now at this moment? Groningen, 14:18, Monday, 12/24/2018

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