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3445. 映画としての人生及び人生の役割について

November 28, 2018

時刻は午前七時を迎えた。言うまでもなく、フローニンゲンのこの時間帯は深い闇に包まれている。明るくなり始めるのはあと一時間ほどだろう。

 

今日は一日を通して曇りのようであり、最高気温は4度、最低気温はマイナス1度である。今日は昼前に近所のスーパーに買い物に出かけようと思う。

 

それにしても今朝は、早朝の夢のおかげもあってか、活動に向けた気力で満ち溢れている。

 

実は深夜未明に一度目を覚ました瞬間があり、再び寝ようと思って目を閉じたところ、強烈な白い光を脳内で知覚した。これは一昨日に座禅瞑想の際に知覚していたものと似ているのだが、深夜未明の白い光は強烈かつ突然やってきたため、少々驚いてしまった。

 

長時間座ることによって、自分の脳細胞が再構成され、新たな脳内回路が開かれたようである。こうした回路が一度構築されると、何かのきっかけで開かれた回路を通じてしか知覚できないものを知覚できるようになるのだろう。

 

それは物理的な脳内現象としてだけではなく、意識上における現象でもそうだ。新たな脳内回路が開かれることは、新たな意識上の回路が開かれることであり、その逆も然りである。

 

意識の発達は脳内構造の発達に他ならず、脳内構造の発達は意識の発達に他ならない。意識という言葉を知性に置き換えてみても同様のことが言える。

 

すると学習によって知性を涵養していくというのは、脳内構造の変容に他ならないことが見えてくる。物理的な脳の特性についてもより探究を深めていこうと思う。

 

今朝方の夢について再度振り返っている。場面場面の細かな内容を振り返るというよりも、夢全体を巨視的な観点から見た時に、一体どのようなことが言えるのかを考えている。

 

今朝方の夢では、私は映画の中の役者として登場していたが、それは人生そのものを象徴しているのではないかと思った。つまり、この人生というものが、やはり一つの映画のようなものなのではないかということである。

 

早朝からボロディンの交響曲を聴いている。今流れているのは、『だったん人の踊り』である。

 

今こうしてこの曲を聴いていることそのもが映画の一つのシーンであり、この曲は映画のBGMのように聞こえてくる。

 

欧州での三年目の生活を始める頃に、自らがこの人生で果たす役割のようなものに対する目覚めがあった。ふとここで、「役割」というものそのものについて考えてみると、それがどこか、映画で役割を演じることと似ているように思えてきたのである。

 

そうすると、人生というものがますます映画のようなものであると思えてくる。夢の中では、映画の製作者が誰なのかわからなかった。思うに、あの映画には一人の決まった製作者などいなかったように思う。

 

それでは誰があの映画を作っていたのかというと、おそらくあの映画に登場していた全ての人たちなのだと思う。映画の中のあの町を含め、人間のみならず、全ての物質的なものも含め、それら全てがあの映画を作っていたように思う。

 

人生もそうなのではないだろうか。この人生の作り手は、私というよりも、私を含めた全存在者が生み出しているものなのではないか、という気づきが芽生えてくる。

 

そして、それはおそらく正しいのだろう。全存在者の創造物としての一つの人生において、自分が担う役割を担っていきたいと思う。

 

今日の活動一つ一つの全てが自分の役割に他ならない。フローニンゲン:2018/11/26(月)07:24

 

No.1444: Evening Prayer

 

Evening already came when I realized it. 

 

I’ll continue to study composition theory from now. Groningen, 16:12, Tuesday, 11/27/2018

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