時刻は午前八時を迎えようとしている。目の前の赤レンがの家々の屋根に朝日が照り始めた。その上を鳥たちが飛んでいく姿が見えた。
今、目の前に映る空には雲が一切なく、成層圏まで見通せるかのようなライトブルーの空が広がっている。小鳥たちの鳴き声がこだましており、それに静かに耳を傾けている。
フローニンゲンのこの落ち着きには本当に感謝をする必要がある。この町の落ち着きの中で三年間の時を過ごせることは、どれだけ有り難いことか。
この三年間が自分の人生において非常に大切だったと言えるのは、こうした落ち着きの中でしか深めることのできないものを深めてきたからだろう。フローニンゲンでの三年目の生活は、これからまだしばらく続く。
そのことに改めて有り難さを感じている。来年は、自分に多大な恩恵を授けてくれたフローニンゲンを去ろうと思っている。そのような決断をさせる時期がやってきたのだと思う。
フローニンゲンを離れ、人生の新たな一幕を始めること。それが自分に課せられていることを感じる。
来年は、アメリカのボストンかスイスのドルナッハのどちらかにいるだろう。ボストンにいるのであれば、今以上に探究活動が進むであろうという確信がある一方で、フローニンゲンのような静けさを感じることは減ってしまうように思う。
おそらく、自分の人生の中で、大きな都市で生活をすることは今度が最後かもしれないと思っている。人が多く、時間の流れが速い場所で生活をするのではなく、静けさが十分に確保され、時間の流れが緩やかな場所で生活を営んでいくこと。
それが近い将来にやってくることは確かであり、仮に来年にボストンで生活を営むことを決断したのであれば、それをもって最後としたい。自分に必要なのは、都市文明ではなく、つくづく自然なのだと思う。
自然を身近に感じられる場所で、日々の探究活動と創造活動を続けていくこと。そうした場所の候補が今少しずつ見え始めている。
スイスのドルナッハはそうした候補の一つであり、オランダのいくつかの都市もその候補だ。仮に来年にアメリカで生活をすることになっても、アメリカで永住権を獲得するようなことはしない。
アメリカよりも自分の生活スタイルに合う国がこの世界には数多く存在していることが明らかになっており、アメリカに戻ったとしてもそこで長く生活をすることはないだろう。アメリカに戻った後は、スイスのドルナッハで一、二年ほど生活をし、その後オランダに戻るかもしれない。
オランダで五年ほど生活をして、EU圏内での永住権を獲得したいと思う。自分が落ち着いて生活できる場所は欧州の中にあるようだ。
欧米での生活も七年目を迎え、最近よく思うのは、母国へ何かしらの関与をするに際して、物理的に自分が母国にいる必要はないということである。これまでの七年間を振り返ってみると、日本企業との協働プロジェクトは全て日本の外で行っていた。
これからも物理的に日本で生活をする必要はないであろうし、自分のライフワークを真に深めていくためには日本の外で生活を営んでいく必要があることを感じている。この先の人生においてどこで生活を営んでいるかは、究極的には未知であるが、自分の中の促しによって導かれた場所で生活をしていきたいと思う。フローニンゲン:2018/10/7(日)08:19