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3219.【ボストン旅行記】五年間の歩み:治癒と変容をもたらす作曲実践


今日は一日中曇りの予報だったが、今少しばかり晴れ間が顔を覗かせた。早朝の太陽がチャールズ川に反射している。

朝日によって、街路樹の紅葉がより一層輝きを増したように思える。ボストン旅行が終わりに近づき、今回ボストンを五年振りに訪れたことは何かの運命であり、ここからまた自分の人生が大きく動いていくような予感がする。

五年前に見たボストンの景色と今の景色は、根本的に何かが異なる。物理的な景色はそれほど大きな変化はないかもしれない。

だが、自分の内側の心象風景が五年前とはまるっきり異なるものとして知覚される。ここに、この五年間の自分の歩みを見る。

変わらずにそこにある場所は自分の歩みを確認させてくれる貴重な存在である。私にとってボストンはそうした貴重な場所の一つになった。

つい先ほど、モーツァルトに範を求めて一曲作り終えた。昨日の早朝と同様に、早朝に一曲作ることによって、その日一日の自分の心の持ちようが随分と異なるように思える。

ボストンにやってきてから昨日までは一切曲を作らなかったのだが、それが心身に何かしらの影響を与えていることは確かであった。端的には、それは無意識の世界にある形を待つ者たちが暴れ始めるような現象であった。

作曲をするというのは、内的感覚をデッサンするのと同じように、極めて強力なシャドーワークの一環であるように思えてくる。毎回曲を作り終えるたびに、言葉の形にならない内的感覚が一つの形として世界に生まれ、それがある内的感覚を客観視することを促す。

自覚的にそれを客観視する必要はなく、偶然生まれた曲を何気なく聞いていると、自分の無意識の領域にある堆積物の一端に気づくことができるという程度で十分かもしれない。

今回持参した楽譜はモーツァルトの曲集であり、過去の偉大な作曲家と楽譜を通じて毎日対話することの意義を大きく感じている。それは本当に治癒と変容を私にもたらしてくれている。

確かに自分独自の作曲語法が確立され、過去の偉大な作曲家の楽譜を一切参照することなしに曲が自由自在に作れれば理想であるが、その段階に至らなくても、こうして毎日作曲家と対話をすることは、今の私にとって大きな支えになっている。

明日から再びオランダでの生活が始まるが、過去の偉大な作曲家と日々対話をし、彼らの内面世界を理解するように努める。その過程で絶えず常に治癒と変容が自分にもたらされていく。

今日はこれから、昨日読み進めていた書籍を読み、十時を過ぎたらシャワーを浴びて、チェックアウトに向けた準備をしていきたい。ハーバード大学教育大学院の図書館に足を運んでからも、引き続き読書を行っていく。

ゆっくりとだが着実に、自分がどこかに向かっているのを実感する。チャールズ川の流れのようにゆっくりと、そして絶え間なく、向かうべき場所に進んでいこうと思う。ボストン:2018/10/4(木)09:24

過去の曲の音源の保存先はこちらより(Youtube)

過去の曲の楽譜と音源の保存先はこちらより(MuseScore)

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