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3211.【ボストン旅行記】ボストン滞在七日目の朝に


今朝は六時に起床し、起床直後にシャワーを浴びて一日の活動に向けて心身を整えた。時刻は午前七時に迫りつつある。

この時間帯は少しずつ外が明るくなってきており、チャールズ川沿いの大きな道路には多数の車が走っている。天気予報を確認すると、どうやら今日は一日中曇りのようだ。

早いもので、今日がボストンに滞在する実質上最後の日となる。明日は夕方の便でアムステルダムに戻ることになっており、明日も十分に時間があるが、本日が最終宿泊日であることには変わりない。

今日はボストン滞在の七日目だが、これまでのところ、ほぼ毎日何かしらの夢を見ていた。夢から目覚めた時にはとても印象深い夢だったといつも思うのだが、その内容については一切思い出せずにいる。

ボストンで過ごす毎日が、自分の顕在意識のみならず、無意識にも大きな影響を与えている様子が見て取れる。今夜はどのような夢を見るだろうか。仮に内容を覚えていれば、明日こそはそれを書き留めておきたい。

昨日ふと、ボストンは学術的な探究をする上では世界的に見ても屈指の場所であると思うが、生活環境としては実はそれほど良いものだとは私には思われない、ということを考えていた。今回ハーバード大学教育大学院(HGSE)を訪れたことにより、今の自分の関心事項を探究する上でこの場所が最適であるということが見えてきた。

一方で、日々の生活を静かに過ごしたいと思う私にとって、ハーバード大学近辺の環境はお世辞にも静かだとは思えない。少なくとも、欧州でこれまで訪れた土地にはより落ち着いた環境があり、今住んでいるフローニンゲンは、ボストンよりも品があるというのが正直な思いである。

そういえば、ボストンに降り立った初日には、アメリカという国全体に浸透している「米国性」のようなものが身体感覚を通して知覚されたことを思い出す。それは、私が今から八年前から四年間ほど米国で生活してきた際に培ってきたものを再活性化してくれたのと同時に、どこか重たく、寂しげな感覚を引き起こしたことも確かである。

ボストン滞在の七日目の今は、もうそうした感覚はないが、初日には米国を取り巻く集合意識に違和感があったことを認めなければならない。

今回の旅においては、欧州で行ってきた旅よりも日記を書き留めることが少ないように思う。単純に、日本語感覚が麻痺しているのか、それとも言語を生み出す感覚そのものが麻痺しているのかわからないが、初日からここまでのところ、それほど文章を書き留めていなかったように思う。

おそらくオランダに戻ってから、今回のボストン旅行についてはあれこれと振り返ることになるだろう。今回の旅の経験も私の人生において非常に貴重なものであったことには変わりない。

何よりも、HGSEのクラスに参加したことや、教授陣たちと直接会って話をすることができたことが、これからの自分の人生をまた新たな方向に導いてくれるように思う。ボストン:2018/10/3(水)07:06

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