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3172. アセスメントを取り巻く思想上の問題


午前中の読書は随分はかどり、午後から再びヨルゲン・ハーバーマスの“Moral Consciousness and Communicative Action (1990)”を読み進めた。つい先ほど、この書籍の初読を終えた。

本書を読む際の焦点は、ローレンス・コールバーグの道徳性発達理論の哲学的枠組みをより深く理解することにあり、随分と多くの収穫があった。これから少しずつ備忘録として日記にそれらの収穫について書き留めていくことになるだろう。

先日にTOEFL試験を終えてからは、随分と書籍を読む時間が多くなった。これは私にとってはとても嬉しいことであり、探究を望む魂の渇きを潤すかのように読書に没頭することができている。

午前中に集中して読書に取り掛かっていたせいか、仮眠中の意識の中で、内的ビジョンとしてハーバーマスの書籍が立ち現れた。仮眠の最中にもその続きを読むような現象が、仮眠中の意識および脳内で行われていたことは興味深い。

昼食を摂っている最中にそういえば、アセスメントについて考えていたことを思い出す。企業社会にせよ、学校社会にせよ、そこで現在用いられているアセスメントは、アセスメントを受ける者の成長に資するものではないということは一つ大きな問題だろう。

そこで行われているのは、アセスメントを通じて何かしらの枠組みに当てはめるだけの「ボックス化」や、企業社会においてはそれに加えて、暗示的に人間を「商品化」するためにアセスメントが活用されているように見受けられる。

学校社会においても、結局は企業社会との癒着により、各種アセスメントは子供たちを商品化し、極めて限定的な基準に基づいた商品価値の選別に用いられているような状況だ。アセスメントは兎にも角にも、さらなる学習や成長に資するために用いられなければならず、個人をボックスに当てはめるためではなく、その人の固有性を明らかにするために活用するべきだと思う。

アセスメントの価値の一つは、それを用いることによって初めて明らかにされるものがあることだが、それを用いて単純に型に当てはめるのではなく、アセスメントを通じてその人の固有性を導き出していくという発想が兎にも角にも重要だろう。

現在、発達科学の知見が少しずつ企業社会に浸透している状況において、アセスメントの意義や限界に関する深い認識、そしてアセスメントを取り巻く既存の発想の枠組みそのものを見通すような認識を獲得していかなければ、開発されるアセスメントは軒並み私たちの発達を阻害するものに留まるだろう。

おそらく発達科学の知見に基づいて高度なアセスメントを開発するよりも優先されるべきことは、アセスメントに対する認識の変容であり、アセスメントを取り巻く思想的枠組みの整備にあるのではないかと思う。フローニンゲン:2018/9/24(月)17:53

No.1324: In the Pleasant Morning

As with the morning in recent days, this morning is very pleasant.

I’ll start to read some books about philosophy that I bought yesterday. Groningen, 10:00, Wednesday, 10/17/2018

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