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2959. あの冬がやってくる頃:人生の暗夜


時刻は夜の九時半を迎えた。午後から雷が鳴り始め、激しい雨が散発的に降っていたが、今はすっかり雨が止み、静かな夜を迎えた。

フローニンゲンも秋に着実に向かっているためか、もうこの時間は辺りが薄暗い。つい先月までは午後の十時半まで明るかったはずなのだが。

あの音が聞こえる。ひたひたと迫ってくるあの足音が聞こえる。

激しく厳しい冬。そう、それが着実に迫ってきているのを感じる。

早いものでこの冬を経験するのは今年で三回目になった。一年目の冬における精神的な厳しさ。それは二年目では随分和らいだ。

この冬、私は最大の精神的危機がやってきてほしいと思う。今のこの精神を奈落の底まで落とし、奈落の底の土をかじりたい。

精神的な自傷性。私はとことん自分に甘い人間なのだから、自らの精神を奈落の底に突き落とすような厳しい冬がやってくることを今年は願う。

どんな冬が来ようとも大丈夫なはずだ。自らの精神が自らを傷つけ、切り刻んだとしても全く問題がないように思える。

自分には日記があり、作曲があり、デッサンがある。そして、精神を支えてくれる書物、楽譜、画集がある。他に何が必要だろうか。

この世界のどこで何をやっていても自分は部外者のように思えてくる。自分は徹底的なまでにマイノリティーであるということ。生まれてから今までその刻印を背負ってきたように思う。

そのようなことを昨夜ふと考えていた。そして、今夜もまた考えている。

この世界のどこで生活をしていても、何をしていても、自分はマイノリティーであり、疎外された人間であるということ。それについてよくよく考えてみると、仮にそれが究極的な次元にまで引き上げられた時に、自己の固有性が顔をのぞかせるのではないかと思った。

そうかもしれない。そうであってほしい。

辺りは刻一刻と闇夜に近づいていく。人生の暗夜をいかに歩くか。いかに歩き続けるか。

途中で止まってもいい。休憩をしながら歩いていけばいいのだ。

一歩前の道が闇によって全く見えないような暗夜が訪れてくれることを願う。自分の内面世界は光に満ち溢れ過ぎている。闇に盲目であることは、結局光に対しても盲目なのだ。

時刻は夜十時に近づいてきている。一体何を書こうとしていたのか覚えていない。

だが、文章になろうとした内側の感覚を形にしたということだけは覚えている。とにかく書く。とにかく曲を作る。とにかく絵を描く。とにかく書物を読む。とにかく旅に出る。とにかく人と関わらないようにする。とにかく自分の人生を生きて行く。とにかく自分の役割を全うさせる形で日々を生きて行く。日々は「とにかく」で構成されている。

今日も独りで一日を終える。明日の始まりも独りだ。人生を終えるときも独りだ。生まれた時も独りだっただろう。

独りの先に待つ、「一者」及び「多者」で満たされた世界に飛び込んでいく。そこに飛び込んでいくために今日があったのだろうし、明日があるのだろう。フローニンゲン:2018/8/9(木)21:46 

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