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2893. 作ることについて


時刻は午後八時に近づきつつある。たった今夕食を摂り終えた。

夕食を摂っている最中に食卓の窓から外を眺めてみると、昨日よりも西日が強くないことに気づいた。どうやら太陽が薄い雲の中に隠れているようだった。そのおかげもあり、外が幾分涼しくなってきた。これから深夜にかけて気温が下がっていき、明日は午後から最高気温が36度に達するという猛暑の一日となる。

今日はこれから作曲実践を行い、その後に明日のオランダ国内旅行に向けてバスと電車の時刻を調べる。ここ最近はバッハのコラールを中心に作曲実践を行っている。今日も早朝に二声のコラールを参考にして一曲作り、昼食後には四声のコラールを参考にして一曲作った。

これから再び二声のコラールに範を求めて一曲作る。午後に四声のコラールを元に曲を作っている最中に、四つの旋律をうまく響かせるための知識と技術をより養っていく必要性を改めて感じた。

これはちょうど昨日か一昨日にもふと感じていたことであり、今日は歯科医の待ち時間に四声の曲の書き方に関する書籍を読もうと思っていた。いつもは少しばかり待合室で待つのだが、今日は全く待たずにすぐに自分の名前が呼ばれた。そのため、持参した書籍が読めずじまいであった。

明日から国内旅行に出かけるが、その時にこの書籍を持っていくことを考えていないため、また後日本書を再読したいと思う。旅行中も宿泊先のホテルではバッハのコラールに範を求めて作曲をし、そこでさらに疑問点を自分の中で温めていく。四声の曲の書き方に関する原理原則を再び学ぶのは旅から帰ってきてからにしようと思う。

フローニンゲンの日照時間はまだまだ長く、八時を迎えようとしている今もまだ随分と明るい。この時間になってようやく涼しくなってきた。

また、早朝から感じていたじめじめする感じもどこかに消え去っている。オランダで生活を始めて以降、湿度が高いと感じたことはほとんどないのだが、今日は湿度が高く感じられた。

明日からの旅先でも日記を執筆し、作曲実践を行っていく。本当にそれら二つの実践は私の日々の生活でなくてはなないものになった。

日々文章を書き、日々曲を作っていくこと。日々創造活動を通じて形を残していくということは、日々を生きたのだという証を残すことに他ならない。

究極的には、作ることはそれ以上でもそれ以下でもないような気がする。自分の内側の中には、形となって外に出てこようとするどうにもならないものがあり、私は毎日それを自分にできうる手段で形にしているだけなのだ。

もしかすると、芸術家と呼ばれる人たちは、実は同じような衝動に基づいて単に形を外側に残していくことに喜びを感じているのではないかと思われる。そこに芸術性や価値、そして有用性などを見出そうとするのは芸術家本人ではなく、他者に過ぎない。

芸術家はそんなことはお構いなしに作り続けることの中に生きているのではないだろうか。私は芸術家でもなんでもないのだが、芸術家が感じているであろう作ることの喜びや、作ることの中で生きて行く充実感と幸福感についてはよくわかるような気がする。

今日も太陽が沈み、明日もまた太陽が昇る。今日も私は何かを作り、明日も何かを作る。

作るということそのものはいつか終わりを迎える日が来るのを知っているが、形となったものは永遠なものとなる。フローニンゲン:2018/7/25(水)20:06

No.1167: From Turku

I visited Turku which is the oldest city in Finland, and I went to the Sibelius Museum.

The scenery of the city was quite beautiful, and I received inspiration from Sibelius at the museum.

Today was a wonderful day. Helsinki, 21:44, Thursday, 8/30/2018

過去の曲の音源の保存先はこちらより(Youtube)

過去の曲の楽譜と音源の保存先はこちらより(MuseScore)

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