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2886. 固有の体験の貴重さ

September 3, 2018

フローニンゲンもすっかり夏らしくなった。確かに早朝は涼しく、いつもその時間帯には散歩に出かけたくなるが、時刻が昼に向かうにつれて気温が上がってくる。

 

今日は昼食前に近くのノーダープラントソン公園へランニングに出かけた。本日の気温はいつも以上に高いためか、公園内に人はあまりいなかった。

 

燦然と輝く太陽のもと、私はいつもと同じようにゆっくりと走っていた。公園から行きつけのインドネシア料理店に向かう途中、運河をかける橋が上がっており、船がゆったりと運河の上を進んでいった。

 

これはオランダの夏の風物詩の一つと言えるだろう。この季節には運河を周航する船が多く、運河をかける橋が頻繁に上にあげられる。

 

船が上がった橋を通り抜けるのを待つ間、多くの通行人がその様子を見守っている。その待ち時間がなんとも言えない雰囲気を持っており、実にいい。時間がゆっくりと流れていることを象徴するような雰囲気だ。

 

先ほどランニングから戻ってきて、昼食を摂り終え、これから午後の活動に入る。早朝に立てていた計画からほとんど逸れておらず、残すところあと数ページだけ単語集を進めれば一周目が無事に終わる。一周目を無事に終えることができれば、今日の残りの時間は作曲実践と辻邦生先生の日記を読むことに充てたい。

 

午前中、ふと私は体験を積むことの意味と重要さについて改めて考えていた。直接的な体験を積むことの意味と重要性が恐ろしいほどにわかってくるような感覚が内側を走った。

 

旅の経験、作曲の経験、国を離れて生活をする経験。そうした諸々の経験は本当に貴重であり、それらの集積体が固有の自己を形成しているのだと思う。

 

自己を自己たらしめるもの。自己の固有性を確保するものは、ひょっとすると各人が積み重ねていく経験しかないのではないかと思うほどだ。

 

日々行っている作曲についても、実際に曲を作ってみるという経験がなければ技術は一向に向上していかない。ここにも体験の意義が潜んでいる。

 

自らの心と体を通じて体験を積むことによって、初めて自分の知見や技術が深まっていく。旅についても全く同様だろう。いや旅ほど体験が重要なものはないかもしれない。

 

旅に出かければ出かけるほど、自己の新たな側面が開示され、既存の自己を少し乗り越えていくような体験をするのは何故なのだろうかと不思議に思う。旅にはそうした作用が内在的に存在しているのかもしれない。

 

国を離れて住むという経験も実に大きな変容体験を自己にもたらし得る。来週からいよいよ欧州での三年目の生活が始まるが、今後もより一層自らの直接体験を大切にしたいと思う。

 

そうした貴重な体験を積むことに合わせて、それを咀嚼し、それを日記や作曲などを通じて形にしていくことを続けていきたい。体験を積むということ。それが時間の流れに晒されて経験に至り、自己と人生を深めていく。今日の諸々の体験も全て貴重なものだと言える。フローニンゲン:2018/7/24(火)13:25  

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