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2854. 書くことと脳の可塑性


時刻は午前八時に迫ってきている。早朝の朝日が赤レンガの家々の屋根に美しく反射している。

確かに今日は空一面が薄い白い雲で覆われているが、それでも太陽の光は地上に差し込んでくる。今日は天候に恵まれているのだから、昼食前に必ずランニングに出かけたいと思う。

起床してから身体運動を行い、そこからしばらく日記を書くというのは一日の活動を本格的に始める上で非常に良い準備になっている。早朝の身体運動が体を目覚めさせるための準備であるならば、日記の執筆は精神を目覚めさせるための準備のように思えてくる。

毎朝日記を書くことは、その日一日の活動に大きな影響を及ぼしていることがわかる。日々の充実感と幸福感は日記の執筆によって生み出されていると言っても過言ではないだろう。そこに作曲実践やデッサンが加わることによって、毎日がより深いものになっていった。

日記を執筆していて最近よく思うのは、自分が特定の一つの主題について掘り下げて文章を書くというよりも、様々な主題を縦横無尽に行き来するように文章を執筆しているということだ。これは私の特性と合致した文章執筆方法であり、この執筆方法のおかげで、結果として特定の主題が螺旋を描きながら深まっていくことに気づく。

多様な主題について文章を書けば書くほどに、脳の可塑性が向上しているように思える。私は昔から一点集中のような、何か特定の対象に極度に集中するようなこともある一方で、注意が散漫なこともよくあった。

注意が散漫というよりも、関心が多岐に渡り、思考が飛び飛びになることがよくあったと言い換えることができるかもしれない。正直なところ、大人になってもこの特性はあまり変わっていないように思う。

ただし、学術的な探究の過程の中でどうしても辛抱強く考えることを迫られる体験をしてきたことによって、少しずつ一つの主題について深く考える集中力が身についてきたが、それはまだまだである。

だがむしろ、注意散漫的な思考特性は自分の一つの個性を形成しているように思えてくる。ある一つの主題から次の主題に何の脈絡も無しに飛び移ることは、非線形的な思考の跳躍と呼ぶことができるかもしれない。

思考というものが本来ダイナミックシステムであり、線形的に進むよりも非線形的に進むことを好む傾向にあることを考えると、意外と自分の思考のあり方は考えることの本質に則ったものなのかもしれないとも思う。

一つの主題から次の主題に飛び移りながら思考を前に進めていくことによって、脳の可動領域がどんどんと拡張されていくのを感じる日々だ。脳が水のように感じられ、水はあらゆる形に姿を変えることができるように、思考が次々と変幻自在に形を変えていく。

この傾向をさらに推し進めていくためには、とにかく日々文章を書き続けていくことが鍵を握るだろう。脳内に浮かんだ考えがどのようなものであっても、それが形になろうと望んでいるのであればとにかく文章にしておく。

脳が水のように変貌を遂げることは、そのまま精神生活に反映され、水のごとく生きることを可能にするかもしれない。

コーヒーメーカーが一日分のコーヒーが入ったことを告げている。これから早朝の作曲実践に取り掛かり、一日の活動を本格的に始めていくことにする。フローニンゲン:2018/7/17(火)07:59

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