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2844. 不思議な感覚の日曜日

August 28, 2018

本当に静寂な朝だ。時刻は午前十時を過ぎ、普段であれば街が生き生きと動き出している頃である。

 

確かに太陽の光はもう十分に強いのだが、辺りはまだ至って静かだ。どこかの湖畔に鳴り響くような鳥たちの鳴き声が聞こえて来る。

 

爽やかな天気。風の通り道も喜んでいるかのようだ。

 

今朝は幾分形容しがたい気持ちでいる。それは気持ちというよりも内的エネルギーの状態だと言った方が正確かもしれない。

 

とにかく焦って何かに従事するような状態ではなく、ゆっくりと物事を進めていこうとするような状態がここにある。もうしばらくしたら過去の日記を編集したいと思う。20本ほどの日記を今日中に編集できればと思う。

 

活動をゆっくりとさせる状態の中で、少しばかり書くことについて考えていた。内的感覚そのものは主観的なものに他ならないが、それをひとたび言葉によって形式化させると、そこにはある不可避の客観性を帯びる。

 

それは言葉になったことによって初めて生まれる客観性だ。言葉にはそもそも絶対に引き剥がすことのできない客観性が内包されている。

 

ある事象がいくら主観的なものであったとしても、それがひとたび言葉になると不可避の客観性を帯び、検証対象になることができる。書くことによって形式化していくことの意義の一つはまさにここにありそうだ。

 

書くことによって存在を形作っていくというのはまさにその通りであり、掴み所のない主観的存在は、言葉という不可避の客観性を帯びたものによって形になっていく。遠くの方から聞こえて来る小鳥の鳴き声に耳を傾けながらぼんやりとそのようなことを考えていた。

 

それにしても昨日読み終えたクリシュナムルティの書籍は本当に傑作だった。教育哲学に強い関心を寄せている今の私にとって、あの本は本当に優れた洞察を含むものであった。また近々読み直すことになるだろう。

 

優れた書籍は何度も読み返すことが必要だ。下線を引いた箇所、書き込みをした箇所は、次回改めて読み返した時にまた異なる考え、そしてより深い考えをもたらすことを促してくれるに違いない。教育哲学全般と、芸術教育に関する哲学思想を特に中心とした探究を進めていく。

 

今日は15時から街の中心部のルター教会で行われるパイプオルガンコンサートに参加する。昨日にも別の教会でオルガンコンサートがあったが、昨日の気分はコンサートに出かけるような気分ではなかった。

 

外に出かけるよりも家にいて、読書や創造活動に従事している方が望ましいように感じていた。今日は一転して外出したい気持ちで一杯だ。それは空がこのように晴れ渡っているからということもあるだろうし、その他にも要因があるだろう。

 

前回ルター教会でコンサートに参加した時は、参加者の年齢層の高さに驚かされた。平均すると65歳ぐらいになっていたのではないかと思われる。それはどこか、先日調べた豪華客船での世界一周の旅に参加する平均年齢と瓜二つであることを思い起こさせた。

 

果たして今日のコンサートに参加する人たちの年齢はいかほどだろうか。そうしたこともコンサートに参加する際の楽しみな観察点である。フローニンゲン:2018/7/15(日)10:29

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