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2835. 投資と霊性


昼食前に過去の日記の編集を少しばかり行い、その後、近所のスーパーに買い物に出かけた。今日は曇りということもあってか肌寒く、大抵の人達は長袖を着て外出している。

先ほど昼食を摂り終え、これから午後の活動に入っていく。近所のスーパーを含め、現在外出する際には目の前の通りの工事の影響で迂回して出かけていかなければならない。

気長に工事の進捗を眺めていると、今日は作業員の姿も見えず、作業は停止している。今日は平日であるにもかかわらず、作業がなされていないのを見ると、実にゆったりとこの工事を進めていこうとしているのだなと伝わる。

オランダは先進国なのだが、こうしたところにもゆとりを感じる。昨日も作業をしていたのは午前中の数時間だけだったのではないかと思われる。もしかしたら街の他の場所で工事を行っている可能性もあるが、実にのんびりとしたものである。

昼食を摂っている最中に、今朝方に日記に書き留めていたことについて再度考えていた。現代人はどうも消費に邁進するように仕向けられているが、投資をするような心の有り様が養われておらず、また投資に関する知識も技術もないような状況に置かれているように思える。

確かに国家の考え方として、「貯蓄から投資へ」ということが随分と前から提唱されているが、果たしてこれがどれほど実現されているのかは非常に疑わしい。そもそも消費することだけに飼いならされてきた国民の心の有り様は根本的に何ら変わりなく、なおかつ投資に関するリテラシーもないのであるから、国民にそのような言葉だけを投げかけるのは非常に不親切のように思えるのは私だけではないだろう。

仮に幾人かの人達が貯蓄から投資に乗り出したとしても、心の有り様が変わっておらず、投資のリテラシーもない状態であれば、投資によって不幸を招くことにも繋がりかねない。仮にその提唱が功を奏したとしても、今度は投資にだけ飼いならされるような人間が生まれてくることも考えられる。

諸々の発達現象はいたちごっこのような側面を持つが、少なくとも貯蓄をすることだけに盲目的な状態と、次に待つ投資をすることだけに盲目的な状態の先にまで進んでいくような自らの精神の有り様とリテラシーが求められるように思う。

この問題は霊性に関しても構造的には同様であり、「自らの霊性に目覚めましょう」という言説も、これまで自らの霊性を閉じた形で生きることに飼いならされてきた人間にとっては自らの霊性に目覚めることなどすぐにできるものではない。

一方で、その言説を真面目に鵜呑みにし、霊性の開発だけに勤しむような極端な人も生まれてくるだろう。こうした傾向は私たちの目には見えないところで実際に起こっている。

私はとりわけ米国のベイエリアのコミュニティーでそうした状況を見てきた。ここでも結局は、霊性に関する無知が問題を生む一つの大きな原因になっており、霊性に対する知識、そして霊性を育んでいく技術を自ら獲得していく姿勢が大切になってくる。

そのようなことを考えていると、金銭にせよ、霊性にせよ、現代社会の多くの人間にとっては諸々の事柄が消費の対象に成り下がってしまっているのではないかと思えてくる。一生懸命に金銭を消費し、時間を消費し、挙げ句の果てには霊性を消費しようとする。かなり本末転倒な様子が伺える。

結局のところ、投資の根幹には創造があり、霊性の開発にも創造が関与しているのだと思う。そうなってくると、現代人は創造の仕方がわからないのだと言えそうだ。

消費に関してはわかっているというよりも、それは本能的な次元で無意識的に行うように仕向けられてしまっている。一方で、創造に関しては何一つその方法がわかっていないのが現代人なのではないだろうか。

ここにはやはり、自ら何かを創造することを支援してくれる教育を受けてこなったことが大きな原因として存在しているように思う。創造を支援する教育が存在していないことが、人々を他者が生み出したものを単に消費することだけに向かわせていくのだ。

ここでふと、芸術教育・霊性教育・投資教育の新たなつながりがまた見えてきた。フローニンゲン:2018/7/13(金)13:25 

No.1132: Longing

Although it is still cloudy, a light blue sky starts to appear.

I long to see the serene sea. Groningen, 11:06, Sunday, 8/19/2018

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