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2812. 作曲技術の涵養に向けて


時刻は昼食どきを迎えた。昼食を迎える前に何かを書き留めておきたいという衝動が湧き上がったので、それに従う形で文章を書き留めておく。

それにしても今日は本当に空一面が雲に覆われている不気味な天気だ。天気予報を確認すると、このような曇り空であるにもかかわらず雨は一切降らないらしい。

それどころか、午後からは太陽が顔を覗かせるそうである。空を覆う幾分分厚い雲を見ていると、天気予報を信じることはどうも難しいが、午後を待ってみたいと思う。

表情豊かな空を曲として表現したいという思い。これは以前にも湧き上がっていたものであり、今日もまたその思いに駆られた。また、自分を捉えて離さない建築物についてもその表情を曲として描き分けたい。

空や建築物以外にも、目の前の街路樹だって曲として表現してみたいという思いで一杯だ。自己を取り巻く生物と無生物を曲として表現するための修練の日々が続く。

それらを自由に曲として表現するためにはどのような技術が求められるのかについてより考えていく必要がある。実際には、単にそれらを曲として表現していても意味はなく、重要なことは、それらから喚起される自分に固有の感覚を曲として表現することである。

そうなってくると、自分の感覚を望む形に曲として表現していくというより具体的な技術を獲得していくことの大切さが明らかになってくる。この技術についてはより具体化することが可能だろう。

メロディー、ハーモニー、リズムの三要素を踏まえた上で、いかに自分の内的感覚を純粋な形にしていくか。その技法の探究と実践を今日もこれから行っていく。

冷たい風が街路樹を揺らしている。今日の風は昨日よりも強い。そしてどこか寂しげな様子に見える。

風の動きの機微、そして風から喚起されたその寂しさの感情を曲として表現していく。さざ波のような動きに関しては装飾記号を活用することやリズムの工夫が考えられる。

寂しさの感情は最適な調性を選択することとメロディーやハーモニーが鍵を握るだろう。やはりそれらの個別個別の項目にとにかく習熟していくことが求められる。

その一方で、絶えずそれらの学習が自己の内的感覚を望むような形にするために行なわれているということを忘れてはならない。そうした意識のない学習や実践は有益ではない。

書斎の窓ガラスをよくよく見てみると、小さな雨粒が付着していることに気づいた。天気予報とは異なり、雨が降っているではないか。

見る見るうちに小雨の存在感が増している。風の動きとそれが引き起こす寂しげな感情、そこに小雨が加わったら、それを曲としてどのように表現できるだろうか。

転調の技術を活用することやリズムやメロディーに変化を加えることなどが思いつく。方向性は徐々に明確になってきた。あとは兎にも角にも技術を磨いていくということ。

午後からの作曲実践も技術の涵養を強く意識していく。作曲実践に没頭しているうちに雨も上がるだろう。フローニンゲン:2018/7/9(月)12:30

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