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2784. 近づく終わりと近づく始まり


気がつけば今日も午後の二時半を迎えた。とりわけ今日の時間の流れが早く感じたのはなぜだろうかと考える。

時間の流れが早く感じる日もあれば、緩やかに感じる日もある。人生とはそのように流れていくものなのかもしれない。

今日のフローニンゲンの天気も申し分ない。爽やかな気温であり、昼食前に近所のスーパーに向かって歩いている時は本当に心地良かった。

今朝から自宅の目の前の歩道が舗装工事に入った。正直なところ、舗装工事が必要なほど痛んでいるわけではなかったのだが、公共事業というのは何か特殊な論理によって動いているのだろう。

幸いにもドリルを使うような工事ではなく、騒音はそれほどないようだ。歩道を構成する石版を一つ一つクレーンで剥がし、その後新しい石版を置いていくらしいことが作業の様子からわかった。

せっかくの機会なので少しばかり工事の様子を観察していた。明日以降も工事が続くようなので、工事が続く期間中は書斎の窓から工事現場を眺め、その様子と進捗を観察したい。

詩集を読み、画集を眺め、楽譜を参考にしながら作曲すること。そして日記と読書。それらが欧州での三年目の生活で最優先されることである。

これについてはここ数日間何度も繰り返し確認している。特に詩集を読むことが加わったのは私にとって大きなことであり、これからの日々がそして今後の人生がより豊かになっていくことを確信している。

いつか日本の詩や俳句などを日本語で読みたい。詩的世界が自分の内側に流れ込んできたことは本当に突然のことであり、それは発達の非線形性を物語っている。

詩的世界に触れることによって自分の言語世界が必ず変容していくだろうことを予感する。言語世界の変容は即精神の変容をもたらす。実際にはその関係は逆のこともあり、言葉と精神は互いに影響を与え合っているのだ。

いずれにせよ、詩集をこれから少しずつ読み進めていくことによって、自分の内側の世界が変わっていくだろう。それはきっとより深いものになっていく。人生がより深く、より豊かになっていく。

内面の豊かさを求めることは何の欲求だと言えるのだろうか。確かにそれは欲求の一つに違いないだろうが、他の諸々の欲求とは質を異にしていることを感じる。

日々を深く生きたいという気持ち。これからの内面生活をより豊かにしていきたいという気持ち。それが静かに溢れ出してくる。

今日はこれから論文の最終レビューを行う。予定通り、まずは“Discussion”セクションのレビューから始め、その後論文の最初に戻る。

全体を最初から最後までレビューし終えたら、その流れで明日の発表に向けた予行練習を行う。こちらに関しては念入りに行っておきたい。

これはフローニンゲン大学で行う最後の発表であるから、自ずと気持ちが高まっていく。明日の午前中の発表を終えたら、フローニンゲン大学での二年間のプログラムが無事に終了したことになる。

明日全てから解放される。解放後はもう何も気にすることなく自分の探究したいことだけを日々探究し、毎日創造活動に打ち込んでいく。明日からそのような日々が実現されるのだ。

そしてそれは今後一生涯続く自らの歩みの始まりにすぎない。ようやく何かが始まろうとしている。しかもそれは巨大なものにつながる何かだ。フローニンゲン:2018/7/3(火)14:48 

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