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2618. 時空を超えた対話

July 2, 2018

今日は午後に仮眠を取った後、作曲実践を行った。現在その曲はまだ作りかけであり、夕食後から続きに取り掛かる。

 

作曲は自らパズルの問題を作り、自らそれを解いていくようだ、ということについて先日書き留めていたように思う。その後改めて考えてみたところ、自分が作ったパズルが自ずから問題を解決するように自己組織化を促すように音の空間を作っていく、と述べた方が正しいかもしれないと思い直した。

 

あるいは、曲が本来持つ自己組織化の力、すなわち曲が持つ発展力・生成力が自然な形で引き出されていくように音楽空間を構成しながら音を導いていく、と述べることができるかもしれない。ここで一つ気付いたのは、作曲は音楽空間を生成するのと同時に、そこには紛れもなく、音楽時間を創出することも行っているということだ。

 

その曲に固有の音楽時間と作曲者自身の内的時間が織り成す特殊な時間がそこに生まれているように思う。作曲とは音楽言語を用いながら空間と時間を創出することなのではないかと考える。

 

今日もバッハの曲に範を求め、バッハの楽譜を眺めていると、まさにバッハと対話をしているような感覚になる。単純にバッハが提示したパズルを解いているのではなく、パズルを通じた対話がそこにある。

 

音楽言語を通じて過去の偉大な作曲家と対話をするというのはとても不思議な感覚だ。おそらくそうした対話は、私が音楽理論により習熟し、作曲の技術を高めれば高めるほどに深いものになっていくに違いない。

 

時代を超えて残っている楽譜を読んでいると、日本古代の和歌が収められた書物を読むような感覚に近いものが引き起こされる。どちらも作者はすでにこの世にいないのだが、作品の中に作者は生き続けている。

 

これが創造活動を通じた永遠性の獲得である。楽譜を読むことにせよ、和歌が収められた書物を読むにせよ、それ固有の言語体系に習熟する必要があるが、その習熟が進めば進むほど、今は亡き過去の時代の人々と対話をすることができるというのはなんと素晴らしいことだろうかと思う。

 

芸術作品を残した彼らが生きた固有の時代感覚を少しでも感じるためにも、そして作者自身の内的感覚をより深く理解するためにも、その芸術が育まれた領域の言語体系に習熟していきたい。そして何よりも、作品世界の中に入って対話を行っていく感覚と感性を磨いていくことを大切にしたい。

 

少しずつ、時間と空間を超えて過去の人間たちと芸術作品を通じた対話が行えればと思う。それはきっと自らの人生をより豊かにし、この世界への関与もまたより深いものにしてくれると思う。フローニンゲン:2018/5/26(土)18:39 

 

No.1040: A Reticent Dwarf

 

A reticent dwarf walks today, too. He or she is living again today without being recognized by anyone else. Groningen, 08:10, Saturday, 6/30/2018

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