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2612. 旺盛な読書と作曲のパズル性


ここ最近は再び旺盛な読書を行っている。これまでも日々読書を行っていたが、どうしても大学院での研究や講義関係の書籍や論文を読むことが多く、自分が真に探究したいと思うものばかりを読むことはできなかった。

だが今はそうしたことが可能になっている。自らの純粋な探究心に基づいた読書を日々行うことは、これほどまでに充実感をもたらすのだということに改めて気付く。

今日からは、ルドルフ・シュタイナーが色について解説した“Colour (1992)”を読み始めた。日々作曲実践やデッサンを続けていけばいくほどに、色への関心が高まる。

色が私たちの知覚や脳に及ぼす作用などにはあまり関心がない。それよりもむしろ意識の形而上学的な側面から色の特性について考えていくことに関心がある。

また、色に対する理解を深めることで、自分が作る曲にも何らかの変化が現れてくるだろうと期待している。この夏は色々と読む本がたくさんある。それらが全て手元にあることが喜ばしい。

ブラヴァツキー、シュタイナー、オーロビンドに関する書籍を読み、美学と芸術一般に関する書籍を旺盛に読んでいく。それに加えて作曲理論に関する書籍も積極的に読んでいく。

和書に関してもこの夏は随分と多く読めるのではないかと思う。森有正先生の日記、辻邦生先生の日記、小林秀雄氏の全集、井筒俊彦先生の書籍の何冊か。それらもこの夏に読み進めていこうと思う。

論文の提出が終わり、完全に夏期休暇に入ったら、一日に二曲作るという実践量を確保したい。一つはバルトークの短めの曲を参考にし、もう一つはバッハの曲を参考にしていく。

シンプルなものと複雑なものからの学びを共に大切にする。数日前から、作曲実践の前に楽譜を見ながら参考にする曲を聴き、その後曲によって喚起された内的イメージを楽譜の上にデッサンすることを行っている。

シュタイナーの色の書籍と関係して、これは自分にとって実に意味のある実践だと思う。音楽を色として表現し、色を音楽と表現する。

それらの往復運動を繰り返すことによって、いつかそれが自由自在に行えるのではないかと期待している。そうした境地に至るまでこの実践を続けていく。

あるいはこれは一生涯にわたって続けていくことかもしれない。それぐらいにこの実践には何とも言えない喜びと充実感がある。

先日街の中心部から自宅に戻っている最中に、作曲のパズル性について考えていた。よく作曲はパズルを解くことに喩えられるが、私は少しばかり違う印象を持っている。

確かに、パズルを解くという側面は多分にあるが、そもそもパズルの問題を作るという側面が作曲にあると思う。一つの音を楽譜に置いた瞬間に新たなパズルの問題が立ち現れ、その問題を解く過程の中で問題そのものが発展していく。

そのため、作曲は単純にパズルを解くというものではなく、パズルの問題を作りながら解き続けていく感覚に近いのではないかと感じている。興味深いのは、自分で作ったはずの問題に頭を悩ませながらも少しずつ問題を解いていき、同時に新たな問題を作ろうとする自分の内側の何かがあるということだ。

おそらくここには、人間が内在的に持つ差異と反復を生み出す特性、そして自己組織化の特性などが関係しているだろう。そしてそうしたものが個人の創造性と密接に関係していることにも気づく。

現在の私は過去の作曲家が残した曲に範を求めているため、パズルの問題の原型は彼らによって提示されたものである。それらと向き合っていると、パズルを製作した作曲家たちの意図や内的感覚が少しずつ見えてくることが面白い。

そうした意図や内的感覚をもとに、自らパズルの問題を生成し、その解決に向けて動き出すというのが今の自分の作曲プロセスのように思う。作曲の持つパズル性という特性については今後より考えを深めていきたい。今日もバッハの曲に範を求めて作曲を行う。フローニンゲン:2018/5/25(金)07:57

No.1038: The Restless Modern Society

Whenever I visit large cities, I always feel restless in this modern society.

The restlessness looks asinine to me. Were we born to live in a foolishly fidgety way? Groningen, 08:18, Friday, 6/29/2018

過去の曲の音源の保存先はこちらより(Youtube)

過去の曲の楽譜と音源の保存先はこちらより(MuseScore)