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2522. 幸福感の中で


今朝はここ数日よりも早く五時半に起床し、六時前から一日の活動を開始した。今日も充実した日になるという確かな確信が自分の内側に溢れている。

今日は日曜日ということもあってか、辺りはいつも以上に静かだ。起床した時刻はちょうど朝日が昇り始めている頃だった。

六時に迫った今、手前の空は淡い青色を広げ、遠くの空は淡いピンク色を広げている。ちょうど今、小鳥たちが鳴き声を上げ始めた。

一切の風がなく、世界が静止しているかのようである。この静けさゆえに、小鳥たちの鳴き声はなお一層際立った響きを持つ。

起床した直後から、「今日も充実した一日になる」という確かな確信が持てたこと。これはとても幸せなことだ。

日々が迷いと幸福の中で過ぎていく。迷いを持てるということは、この世界の中で生きていることの証かもしれない。

今抱えている諸々の迷いは、自らの存在を日々の幸福さの中で深めていくことによって少しずつ消えていくだろう。今目の前に見える一切雲のない空のように、現在抱えている迷いもきっと晴れ渡ってくるに違いない。

迷いというものを抱えられるほどに自己に成熟の余地があるということ。それを見なければならない。

自己を縛る諸々の事柄から解放され、真に自分の人生を歩み、自らの創造活動だけに邁進すること。その実現に向けて障害となるものが目の前に立ちはだかるのは当然のことだ。

それを乗り越えていくためには、今の自分を乗り越えていく必要がある。現在の課題を克服していくためには、現在の自己を克服していく必要があるのだ。それが発達の原理である。

課題を克服するのではなく、自己を克服すること。迷いを乗り越えるのではなく、自己を乗り越えていくこと。そうした発想の持つ妥当性が明るみになってくる。

芸術家でもない人間が芸術の中で生きれることと芸術的に生きれるということ。それらを自らの人生を通じて確かめる。

人は自らの内に固有の芸術性を持つ。であれば、自分にもそうした芸術性があるはずだ。それを開くための精進をし、それを開かせながら日々を送る生活。

人間の発達性と芸術性というのは瓜二つなのではないだろうか。どちらも内在的に人に宿り、どちらも内側から花開いていく。

輝く朝日が赤レンガの家の屋根を照らし始めた。屋根の一角が黄色く照らされている。

朝日を出迎えるかのように、微風がフローニンゲンの街を駆け抜けた。鳥たちも思い思いに空を自由に舞っている。

小さな自我から自己を解き放つこと。その実現に向けて、今日もまた自分にできることを小さく積み重ねていこうと思う。フローニンゲン:2018/5/6(日)06:15

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