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2517. 横山大観からの激励


——富士の名画というのは昔からあまり無い。それは形ばかり写すからだ。富士を描くということは、富士に映る自分の心を描くことだ。心とは畢竟、人格に他ならぬ。それはまた気品であり、気迫である。富士を描くことは、つまり己を描くことである。己が貧しければ、そこに描かれた富士も貧しい——横山大観

さざ波のような静かな衝撃が自分の内側を流れている。ぼんやりと窓の外の世界を眺める。

時刻は夕方の五時を迎えたが、正午のような太陽が燦然と輝いている。街路樹の葉が音を立てずに揺れている。

昨夜、改めて近い将来に世界一周の船旅に出かけようと思った。同時に私はふと、日本全国を一年間かけてゆっくりと巡りたいとも思った。

欧州での三年目の生活、つまり欧米での七年目の生活がいよいよ始まろうとしている。

先ほど私は、“A Philosophy of Emptiness (2014)”という書籍の数章に目を通し、“Time-Structured and Net Intraindividual Variability: Tools for Examining the Development of Dynamic Characteristics and Processes (2009)”という論文を読み終えた後、休憩がてらコーヒーを入れに食卓に向かった。

その時に、近々改めて眺めようと思っていた横山大観の画集が目に入り、思わずこの画集に手が伸びた。これは今から二年前に、家族旅行として島根県の足立美術館を訪れた際に購入したものだ。

この画集を改めて開いたとき、言葉にならないほどの衝撃を受けた。それは以前に大観の作品から受けた以上のものであり、大きな感動を伴うものであった。

二年前の私が感じることのできなかったことや汲み取ることのできなかった意味が、その瞬間に広がっていた。大観のこの画集がそばにありさえすれば、欧米であと何年も、何十年も生活することが可能であると思った。

それぐらいに、大観の作品は私の存在の拠り所としての意味を持っている。『雨霽る(あめはる)』という作品を眺めた時、少しばかり言葉を失った。

この絵が生み出された繊細かつ熟達した技術について思いを馳せ、そうした境地に至った大観の精進に感銘を受けた。次に見た、『南溟の夜(なんめいのよる)』という作品の持つ社会性に打たれるものがあった。

第二次世界大戦の前年に描かれたこの作品は、日本の当時の戦況を静かに物語っている。そうした戦況が客観的に描かれていたのではなく、大観の深い主観性に裏打ちされて描かれている。

二つの作品をしばらく眺めながら、大観の作品と思想から汲み取れるだけのものは全て汲み取らなければならないと確信した。「人間ができて初めて絵ができる」という大観の言葉が自分の内側に深く入り込んでくる。

「世界人になって初めて、その人の絵が世界を包含するものになると思います」という言葉を残した大観。この言葉が持つ絶対的な真理。

そうした絶対的な真理が自分の内側に体現されてくるまで、この画集を擦切れるぐらいに鑑賞しようと思う。横山大観という芸術家の偉大さは底が知れず、大観の思想と作品から本当に多くの励ましと促しを受けている自分が今ここにいる。フローニンゲン:2018/5/4(金)17:40

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