ホテルに戻ってきてからしばらく経つが、午前中に訪れたバルトーク博物館での体験についてまだ書き留めていないことが随分とあることに気づいた。博物館でガイドを務めてくださった女性はとても親切であり、私の些細な質問に対して全て笑顔で答えてくれた。
博物館の中にいくつか印象に残っている所蔵品があったことを思い出した。一つは、バルトークが実際に使っていた“phonograph”だ。
最初その実物を見る前に、壁に飾られたバルトークの書斎の写真を見ながら“phonograph”という単語をガイドの方から聞いていたが、私は“photograph(写真)”という英単語と聞き間違えていた。すると、そのガイドの女性が「チクオンキ(蓄音機)」と日本語で教えてくれた。
そんな難しい単語をよく日本語で知っているものだと驚いたが、そのガイドの方曰く、日本人の観光客がそのように発音していたことを何度も聞いていたため覚えたそうである。正直なところ、私は「蓄音機」という言葉をその時まで完全に忘れており、ガイドの方の言葉を受けて、そのような日本語があったことを思い出した。
だが、私は蓄音機とは一体何をするためのものか分かっておらず、漢字から連想するに音を蓄えるものだと想像し、どうやらその想像が正しかったことがガイドの方の説明で分かった。バルトークはハンガリーやルーマニアなど、近隣諸国の民族音楽を中心に、実際に様々な農村に自ら足を運んでその土地固有の民族音楽を採集していたそうだ。
その「採集(collect)」という意味も私にはあまりピンとこなかったが、ガイドの方がこのような説明をしてくれた。
ガイドの女性:「書斎の机の上にある蓄音機が見えますか?」
私:「はい、随分と大きいですね。ラッパというか、象の耳というか、とても仰々しい機械ですね(笑)」
ガイドの女性:「ええ(笑)、ですがバルトークはこの蓄音機を旅先に持って出かけ、各地の農村の民族音楽を録音していたんです。今はスマートフォンなどで行えてしまいますけどね(笑)」
その話を聞いて私はかなり驚いた。というのも、この大きな蓄音機を持って農村に出向いていくというのはとても労力のいる仕事だと思ったからだ。
バルトークはそのような苦労をいとわず各地の民族音楽を採集し、再びこの書斎に戻ってきて作曲をしていたそうなのだ。バルトークの一つ一つの音楽には、そのような目には見えない労力が詰まっているのだ、と思わずにはいられなかった。バルトークの一つ一つの曲は、彼の探究心とその実践の結晶なのだ。
その後もガイドの方の説明に耳を傾け、適宜質問をしていった。一階の受付で購入した書籍の著者であるピーター・バルトークは現在94歳であり、今もなお生きているそうであり、現在は米国フロリダで生活をしているらしい。
その息子に向けてバルトークが創作したのが『ミクロコスモス』という作品群である。ガイドの方曰く、バルトークがこの家に住んでいたのはわずか数年だったのだが、『ミクロコスモス』はこの家で作曲されたものだそうだ。
私はそれを聞いて、また大きな驚きと感動を得た。というのも、今回の旅行に際して一冊だけ持参した楽譜がまさにバルトークの『ミクロコスモス』全集だったからだ。
私はこの偶然に対して、またも大きな存在からの導きのようなものを感じていた。今朝方、筆舌に尽くしがたい恐怖感を抱いた後、なぜだか私は信心深く生きることを誓っていた。
この信仰心を捧げるべき対象は、自己を超越した大いなる存在だったことにはたと気づかされる。これまでの私には信心深さが欠けていたのだ。信仰心というものが欠けていたのである。
ブダペストで得た最大の気づきは、大いなる存在に対して信心深く生きることの大切さだと言えるかもしれない。私はバルトークの『ミクロコスモス』という作品がなお一層大切なものに思えてきた。
これはバルトーク自身の小宇宙であり、同時にそれは他の全ての小宇宙を喚起し、それを育むものだと私は思う。この作品を大切にし、この作品に範を求めることを通じて、私も自分の内側にある小宇宙を形にしていきたいと思う。
いつかそれが誰かの小宇宙と共鳴する日が来るかもしれない。自分が生きている間にその日がやってこなくても問題ないのである。
バルトークが未来のために曲を作ったのと同じように、私も未来の人々のために曲を作りたいと強く思った。いつか一人一人の小宇宙が調和の取れた一つの大宇宙を生み出すことを願わずにはいられなかった。
ガイドの方にお礼を述べ、受付の気さくな若い男性にもお礼を述べて、私は博物館を後にした。バルトークの旧家である博物館に春の優しい太陽光が降り注いでいた。
家の庭に咲く花々の表情は豊かであり、こちらに微笑みかけているように思えた。この世で生きることには大きな苦しみが伴うが、その苦しみを遥かに凌ぐ生の充実感と幸福感があるということを誰かに伝えたい。
この感覚を感じ続けられる限り、私はまだ生きていられると思うし、これからも人間として生きていきたいと強く願う。ブダペスト:2018/4/19(木)16:57
No.979: Journals
I was thinking about the nature of this series of English journals.
I came up with the possibility of my journals to reflect on my daily practice to compose music.
However brief a journal is, it has some precious meanings for me to horn my composition skills.
One sentence or two sentences in each entry? That’s enough if I keep the infinite number of entries. Groningen, 16:34, Thursday, 5/10/2018