果たして今日はどれほどの距離を歩いただろうか。ブダペストでの二日目は、リスト博物館に訪れることをメインにしていた。
早朝から自分の内側で行進曲のような音の流れを感じており、これはリスト博物館を訪れる前の期待感の表れなのかも知れないと思っていた。
九時にホテルのレストランで朝食を摂り始め、非常に満足のいく朝食をしっかり摂った後、10時半あたりににホテルを出発した。今日のブダペストは昨日に引き続き晴天であり、雲がほとんど無い素晴らしい天気だった。
日向を歩くと幾分暑いぐらいであったため、日陰を通りながらリスト博物館に向かった。ブダペストの中心街にある建物の多くは歴史を感じさせてくれる。それは民家一つをとってみてもそうである。
ブダペストに初めて訪れた昨日に感じていたことと同様に、この国にはこれまで私が見たことのない独自の文化が深く根付いていることを今日も感じていた。私はハンガリーの文化をゆっくりと呼吸するかのように、リスト博物館に向かうまでの道のりで目に入るもの全てに意識を向けようとしていた。
ホテルから30分ほど歩くと、リスト博物館に到着した。ブダペストの街中にあるこの博物館は、想像していたよりも小さかった。
博物館自体が小さいのは、ここはリストゆかりの品々を展示する専用の建物として作られたものではなく、リストが実際に住んでいた家だからだろう。
小さいと言っても、この博物館は四階建ての建物であり、ただし二階の展示室以外は音楽アカデミーとして使用されているようだった。私は一階に荷物を預け、早速二階の展示室に向かっていった。
受付でオーディオガイドを借り、一つ一つの解説を全て聞いていった。見学できるのは三部屋なのだが、オーディオガイドを全て聞いていると、かなり多くの時間をこの場所で過ごすことができる。
ここに所蔵されている展示物には興味深いものが多く、特にリストが作曲用に使っていたテーブルに目が止まった。このテーブルは特注品らしく、テーブルの引き出しにピアノの鍵盤が備え付けられている点が特徴的だ。
解説によると、この鍵盤は3オクターブまでの音を出せるようであり、リストはこのテーブルを使って実際に作曲を行っていたそうだ。そして、テーブルの前には実際にリストが作曲中に腰掛けていた椅子が置かれていた。
リストが実際にこの部屋で、このテーブルと椅子を用いながら作曲を行っていたと思うと、なんだかとても感慨深い気持ちになる。私はこの展示物を解説するオーディオガイドが終わった後もしばらくその場に佇み、このテーブルと椅子を使って作曲していた当時のリストの姿を想像していた。
その他にも思わず立ち止まらざるをえなかった品々がたくさんあるのだが、あと二つほど書き留めておきたい。もう一つは、リストは読書家でもあり、リストの蔵書が本棚に並べられている姿に私は釘付けとなった。
リストがどのような書籍を読んでいたのかとても気になり、一つ一つの書籍の背表紙を眺めていった。音楽関係の書籍が多いことは確かだが、ゲーテの作品を含めて、文学作品をリストが愛していたことが伝わってくる。
所蔵されている書籍は英語ではなかったため、全ての書籍のジャンルを正しく理解したわけではないが、音楽、文学、美術関係の書籍をリストは読んでいたようだ。
最後にもう一つ私が感銘を受けたのは、リストが旅をする際に持参していたある物である。それは一見すると何の変哲もないトランクケースなのだが、その中身はピアノの鍵盤であった。
この品に特に関心を示した私は、オーディオガイドの解説を注意深く聞いた。解説曰く、リストは旅先でもピアノの演奏感覚を衰えさせたくなかったため、当時には珍しかったであろう、携帯できる鍵盤を持って旅に出かけていたのだ。
ここに私は、リストが真の音楽家であり、真のピアノ奏者であると思わずにはいられなかった。リストは片時も音楽から離れず、ピアノから離れなかったのだ。
そうした絶え間ない精進がリストをリストたらしめたのだろう。私は、リストが常に旅に持参していたこの携帯用鍵盤を眺めながら、探究者としての自分のあり方を改めて問い直していた。ブダペスト:2018/4/18(水)20:53