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2363. 大切なライフワーク


昨夜の就寝前にいくつかの事柄に対して新たな気づきが生まれた。一つはライフワークに関する事柄である。

自分のライフワークを大別すると、二つのものに分けられることにふと気づいた。一つは自分一人で粛々と進めていくものである。これはまさに、日記と作曲がそれに該当する。

日々を生きる中で絶えず日記を執筆し、絶えず曲を作るということ。これは自分のライフワークの根幹を成すものであり、それは基本的には一人で進めていくことができる。

厳密には、日々の生活の中に他者との交流があり、この世界との触れ合いがあるのであるから、一人で成し遂げられる産物ではないと言えるかもしれない。だが、行為者は私一人であるため、とりあえずの分類上は自分一人で進められるものに括られる。

欧州での一年目の生活を送っている際に、日記を執筆することが自分のライフワークであることに気づかされ、欧州での二年目の生活の際に作曲をすることも自分のライフワークであることに気づかされた。これは自分から「気づいた」のではなく、「気づかされた」と表現した方が正しいだろう。

何かが私にそっと告げたのだ。それ以降、日記と作曲は私の日々に不可欠なものとなり、それらは自分のライフワークとなった。

米国で生活をしていたあの四年間の中に、こうした形を伴った創作行為をライフワークとするような目覚めを経験しなかった。だが間違いなく、米国でのあの生活があったからこそ、欧州で目覚めを経験したのだと思う。

内なるダイモーンが完全に目覚め、それが自分と同一化する形で自己を創造に導いていく。日記と作曲は、一人称的な営みとしてとにかく今後一生継続させていきたいと強く思う。

もしかすると、それはもはや強く思う必要などないのかもしれない。自分がそれをよく分かっている。

私が願っているのは、死後の世界においても日記と作曲に取り組めるかどうかなのかもしれない。一生涯をかけて日記や作曲に取り組むというのは、もはや強調する必要など一切ない。

なぜならそれをするのだから。実際にそれを最後の日まで行い続けるからである。

一方、私が真に願っているのは、最後の日以降においても日記や作曲に取り組めるかどうかということだ。ここでまた一つの大きな気づきに至る。

今後日記や作曲を最後の日まで続けた瞬間、それは一人称的な実践を超越する。必ずそうなる。

つまり、人生をかけて自分一人で継続させていたはずの日記と作曲が、私という一人の人間から離れることによって、他者がその創造行為を引き継いでくれるのではないかということだ。

昨夜、入浴中に奇妙なことを考えていた。「なぜ自分が演奏記号を入れているのだろうか?演奏者自身にその曲を再創造してもらうことが大切なのではないか?」という気づきが降りてきたのである。

作曲をするときに、おそらくこれは作曲者の一つの役割なのだと思うが、演奏記号を入れ、演奏者が演奏しやすいようにする必要がある。しかし、私は作曲の素人であるし、音楽の世界の人間ではないため、この慣行がどこか悪しきものに思え始めていたのである。

「いや、演奏者は機械ではないし、作曲者に媚びへつらう追従者でもないのではないか。演奏者も創造者であるはずなのではないか?」と思うようになっていたのである。今はまだ形式的に演奏記号をこちらで入れているが、私はいつか「CBY (Create By Yourself)」という演奏記号のみが冒頭にあるだけでいいのではないかと思うようになっている。

速度の表示もない。あるのはただCBYという記号だけである。演奏者が真に感じる創造の喜びというのは、作曲家の音楽世界を忠実に再表現することではないなずである。

作曲者が作った作品を媒介に、自ら音を創造していくことが演奏者に真に求められることであり、それを可能にするのが創造的な真の演奏者だと言えるのではないだろうか。何一つとして楽器を演奏できない私が言うことではないのかもしれないが、これは演奏者のみならず、ありとあらゆる領域の実践者にも当てはまることだと思う。

なぜ自ら創造しないのか。自ら創造するような支援を行いたいと願う自分がいる。その取り組みはもうすでに小さく始まっている。

日記や作曲というものが究極的に一人称的な営みではなく、二人称的な営み、つまり“I”の実践から“We”の実践に変容を遂げうるという気づきは非常に大きな意味を持っていた。日々のこの一連の個人的な日記の執筆と作曲実践が、自己から解放され、完全に他者に開かれるその日まで、私は文章を書き続け、曲を作り続けたいと思う。フローニンゲン:2018/4/3(火)07:07 

No.938: The Fourth Day at Warsaw

The fourth day to stay at Warsaw is now ending.

I visited the POLIN Museum of the History of Polish Jews today, which provided me with ample and profound understanding of the history of this country.

Unfortunately, I’m still digesting the experience in the museum, but I can insist without doubt that the experience continues to deepen the quality of my life.

I came across one philosophical book in the gift shop in the museum and four philosophical books in a local book store.

Though my present academic work focuses on science, my main interest always resides in philosophy. Warsaw let me notice it. Warsaw, 19:30, Monday, 4/16/2018

過去の曲の音源の保存先はこちらより(Youtube)

過去の曲の楽譜と音源の保存先はこちらより(MuseScore)

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