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2326. 複数領域の実践を継続させるための工夫


振り返ってみると昨日は、一時間ほどしか作曲実践をしていなかったことに気づく。未編集の過去の日記を編集していたり、学術論文を大量に読むことに集中していたため、どうしても作曲に充てる時間が少なくなってしまった。

ただし、それについてあまり悲観的になる必要はないだろう。なぜなら、一時間は確実に確保できたのだから。

とにかく途切れることなく毎日少しでもいいので作曲実践を続けていくこと。そうした継続が何より大切だ。

昨日もふと考えていたのだが、私はおそらく一日の間に一つの仕事だけをやり続けることはできない。厳密に言えば、それは不可能ではないのだが、そのような仕事の進め方をしていると必ずどこかで心身が疲弊し、継続的な実践を行うことの支障になる。

欧州での生活が非常に充実しているのは、毎日複数の仕事に取り組んでいるからだろう。一日に仕事に取り組める時間はおよそ12時間ほどであり、その時間を三つか四つの全く異なる仕事に割り当てている自分に気づく。

複数の領域の仕事を毎日行うようになったのは自然の成り行きだったように思う。だが、毎日異なる領域の実践活動に励むことによって、私の生活は本当に充実したものとなり、心身が調和の取れた形で毎日が進んで行く。

確かに理想を言えば、作曲実践も毎日三時間ほど行うことができれば望ましい。このあたりは自分の意識を少し変え、一度に三時間の実践をするのではなく、午前と午後の二回に分けて作曲に取り組むという工夫を改めて行いたい。

毎日三、四時間時間を充てる実践が三つか四つほどあれば、長い目で見た時に、それは自分の人生を豊かにしてくれるだろう。単一の領域に偏ることなく、実践時間と実践領域の数として、「三」ないし「四」という数字は常に念頭に置いておきたいと思う。

もう一つの振り返りとして、昨日改めて文章を書くことと作曲することの比較を行っていた。その時の観点は、日本語の日記を英語の日記にすることは容易く、その逆もまた容易いという事実と、自然言語によって執筆された日記を曲として表現することは難しいというものだった。

おそらく、曲として表現されたものから何かしらの文章を書いていくことはそれほど難しくないのだと思う。やはり今の私にとって、自然言語を音楽言語に変換することは依然として困難である。

それはそもそも、まだ音楽言語に習熟しておらず、自分の思考や内的感覚を自由自在に曲として表現できるほどの技術を持ち合わせていないからだろう。日本語で日記を書くように、日々の思考や内的感覚を自由自在に音楽言語で表現できるようになりたいと強く願う。

それを実現させるためには、上記の通り、少なくとも三時間の作曲実践を毎日継続させていくことだろう。こうした小さな継続と精進が、また新たな境地をいつか切り開いてくれるだろうと確信している。フローニンゲン:2018/3/26(月)07:51   

No.910: My Plausible Doctoral Work

My doctoral research should focus on building a robust measurement system of music composition skill and understanding of composition theory.

Probably, it would be easier for me to tackle the latter theme to construct a measurement about the degree of understanding of music composition theory.

To build the system, I need to collect ample data about the linguistic developmental classification in terms of understanding of composition theory.

Thorough analysis on the developmental process of acquiring composition skill and construction of a robust measurement system would be an ideal candidate for my doctoral work. Groningen, 09:46, Monday, 4/2/2018

過去の曲の音源の保存先はこちらより(Youtube)

過去の曲の楽譜と音源の保存先はこちらより(MuseScore)

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