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2025. 精神病理学への関心の高まり


昨日、組織というものを考えるにあたって、どのような観点を採用してその探究を行うことに関心があるのか少し考えていた。いくつか色々な考えが浮かんできたが、まず明瞭な考えとして浮かんできたのは、経営学の組織論の観点から組織を考えるというのはあまりにもつまらなすぎるということだった。

経営学を日本の大学の学部時代に専攻していたということが、こうした反発をもたらしているのかもしれないが、経営学の組織論の観点から組織を考えることだけはしたくない。そうなってくると、その他にどのような観点から組織というものを考えていくのが面白いのかを考えていた。

当然ながら、発達科学の枠組みから考えるというのは面白いことは面白いが、それは自分の既存の専門性の中に留まった探究であるがゆえに、あまり気乗りがしない。それよりもむしろ、集団心理の病理的側面を捉えていくような社会学的なアプローチの方が面白いのか、それとも個人を対象にした精神病理学を集団にまで拡張させていくことの方が面白いのかを考えていた。

最初に立てた問いに対して明瞭な回答など出なかったのであるが、とりあえずこれまで学んできた枠組みの中で組織について考えることだけは避けたいと自分が思っていることは確かなようだ。

生と死が対になっているように、発達と病理も対になっているがゆえに、精神病理学の集団への適用というのは関心がある。キャリアの最初に経営コンサルタントとして働いていた時期を除外すれば、日本企業との協働プロジェクトに従事し始めてかれこれ五年ほどになる。

そこで掲げられている目的は、たいてい組織と個人のさらなる成長に関するものであった。だが、組織と個人の成長支援に関する仕事に従事し始めてからすぐに気づいたのは、成長を支援するよりも組織内の既存の病理を治癒することの方が先ではないか、ということだった。

組織と関わるときには大抵、文化的・制度的な病理が目につく。だが、これまでの私の専門性では、そうした病理に対して支援を行うのは難しい。

当然ながら発達理論の考え方は、病理の治癒にも応用可能であるが、精神病理を扱う領域とはやはり異なるものなのである。日本の企業社会の様子を見ていると、成長支援よりも病理の治癒の方が先ではないかという思いが日増しに強くなる。

さらなる成長を遂げていくためには、組織も個人も、そもそも土台としての健全な精神が必要である。とりわけ組織においては、健全な文化と制度が必要になると思われるが、これまで携わってきた案件と現在の案件に思いを巡らせてみると、文化的・制度的な歪みが組織内に目立つ。

このあたりの問題意識は最近特に強くなっている。発達支援の前に病理の治癒を支援する方が先なのかもしれない。

そのためには、現在の自分ではあまりにも土地勘がないと言わざるをえないだろう。精神がどのように発達していくのかのみならず、精神がどのように病んでいくのかを探究することが今の自分に突きつけられているように感じる。

精神病理学の探究を始める時が喫緊の課題として迫っている。フローニンゲン:2018/2/10(土)07:51 

No.744: Optimal Time Allocation

I’m engaging in various types of work in distinct domains; science, philosophy, music, and business consulting.

The optimal time allocation might be three hours in each work.

In a couple of years, the tendency of my work might continue, which is not negative but rather positive to let me interact with reality from diverse fields. Groningen, 18:16, Sunday, 2/11/2018

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