明日からは、フローニンゲン大学での二年目の生活の折り返しの節目となる。早いもので、オランダで過ごす二年目の生活も半分がすでに過ぎ去り、残りの半分がこれから始まろうとしている。
冬季休暇はそれほど長くないと思っていたのだが、結局一ヶ月ほど休暇があったことを今初めて知る。大学に所属していると夏季休暇が極めて長く、昨年は六月の第三週から休みに入り、次に大学が本格的に始まったのは九月の第二週目であった。
夏には三ヶ月弱の休みがあり、冬には一ヶ月ほどの休みがあるということは、私のように種々の探究を独自に進めていきたいと思う者にとっては非常に恵まれたことだと思う。今回も冬の休暇の期間中には随分と探究の幅と深さを広げていったように思う。
作曲理論の学習と実践を旺盛に行い、それに合わせて文学作品にも触れることができた。普段の科学的な探究から意識的に距離を置き、哲学や芸術領域を歩き回ってみることによって、また新たな眼が開かれたように思う。
ここから六月の半ばまでは長期的な休みはなく、一定のペースで科学的な探究を進めていきたい。日本企業との協働プロジェクトの中で三月末までに佳境を迎えるプロジェクトが二つほどあり、フローニンゲン大学のMOOCチームとの協働も始まるため、ここからの二ヶ月間は密度の濃いものになるだろう。
生活を形作るそうした諸々の事柄は、まさに私の日々そのものである。絶えず自分のなすべきことをしながらも、ゆとりと調和のある日々を送っていく。 今日は本格的に新たな学期が始動する前の最後の日曜日である。これから午前中に、 “Three Classics in the Aesthetic of Music (1962)”の続きを読む。
本書はタイトルにある通り、音楽に関する美学を扱っている評論集である。私はてっきりドビュッシーだけが著者だと思っていたが、その他にも数名の作曲家が評論を書いており、正直なところ、ドビュッシーの文章よりも彼らの文章の方が面白い。
本書も残り60ページほどとなり、午前中に本書を読み終えることになるだろう。本書を読み終えたら、次に取り掛かるのはアーノルド・ショーンバーグの書籍を基にした作曲実践である。
ショーンバーグの “Fundamentals of Musical Composition (1967)”は得るものが多く、掲載されている具体例を発展させる形で自分の曲を作っていくという実践に従事している。それを今日も行っていく。
昨日はフォーレの楽譜が届いた。他の作曲家たちの楽譜と合わせて、研究的な意味合いと鑑賞の意味合いを込めて、時間を見つけながら楽譜を眺めていきたい。
作曲実践がひと段落すれば、福永武彦氏の『忘却の河』の続きを読み進める。オランダに戻ってきてから、夕食後に頭の働きが鈍くなることが続いているため、上記の事柄は全て夕食までに行いたい。
夕食後にリラックスした形で行えることが何であるかは、これから模索していく必要があるかもしれない。フローニンゲン:2018/1/14(日)06:46
No.642: Small Progress of Harmony
I’m glad to see the small progress of my techniques of harmony.
Although I haven’t fully grasped the principles of harmony, I suppose that I have comprehended a part of them.
I’ll continue to learn from actual examples how to create harmony. Groningen, 18:18, Saturday, 1/13/2018