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1970. 生活環境の変化について思うこと


昨日、米国のとある大学院の教授からメールの返信を受けた。今年の秋からその教授と共に協働研究を行うことができれば幸いだ。

あと半年ほどしたら、私はまた生活環境を変えるかもしれないということについて、いろいろと思うことがある。直近の10年間を振り返ってみたときに、なぜ私がこれほどまでに生活環境を変えていたのかということについて、少しばかり新たな考えが芽生えた。

ある一定年数を経たのちに生活環境を変えるというのは、ダイナミックシステム理論の観点を用いると、随分うなづけることがわかった。これまでの数年間、ある特定の場所で生活を営むことによって、外部環境への適応を余儀なくされ、その適応が既存の自己では不可能であることが判明するや否や、緩やかかつ突発的な変容を私は経験してきた。

変容後の自己は、環境からの要求に応えられるようになってくる。そして、この時期をしばらく過ごすと、完全な環境適応が起こり、自己システムはそれ以上の変容を経験しなくなる。

どうもそのタイミングで、私は環境を変える決断をしているように思えてきたのである。欧州での生活も一年半弱が過ぎ、昨年の変容体験を経て、欧州への適応は落ち着きを見せている。

遍歴を通じた成熟を望む自分の魂が、再び生活環境を変えることを私に要求する。その呼びかけに応じるかのように、今年の秋からの米国での生活の現実味が増してきた。

ただし今はまだ、半年後の生活についてあれこれと考える必要はないだろう。それよりもむしろ、今という瞬間から心の眼を逸らさないようにすることが大切だ。 数日前に、ベートーヴェンのピアノソナタ29番「ハンマークラヴィーア」は、「ピアノで書いた交響曲」と呼ばれていることを知った。この曲のスケールを考えると、そのように呼ばれていることも納得がいく。

ベートーヴェンが示してくれたように、やはりピアノ曲でも交響曲と同じようなスケールの作品を作ることができるのだ。ピアノ曲だけを作ろうとする自分にとって、それは何か大きな可能性の提示であるように思われた。

以前、大学における正規の作曲教育のカリキュラムを眺めていると、オーケストレーションに関するコースが必ずあることに気づいた。自分は交響曲や協奏曲のような曲は作らないと決めていたのだが、オーケストレーションを学ぶことによって、ピアノ曲における作曲の幅が広がるのではないかと思い始めている。

ピアノ曲でスケールの大きい作品を作る場合に、オーケストレーションに関する知識は無いよりもあった方が望ましいのかもしれない。近い将来に、私はオーケストレーションに関する学習に乗り出しているような気がする。山口県光市:2018/1/4(木)09:48

No.607: Our Two Braves

What exists in our inner world is not only one brave.

Two braves reside in us.

Otherwise, we would be overwhelmed by the severity in this reality. Groningen, 11:44, Sunday, 1/7/2018

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