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1947. 夢の居場所


今朝方、印象的な夢を見ていた。実家に来てから五日目の朝を迎えたが、これまでのところ二日ほど夢を見ている。

その中でも、昨日の夢は印象的であった。しかし、今となってはその記憶は断片的なものになってしまっている。

男女を問わず、どこか見知らぬ場所で地元の友人たちと会話を楽しんでいるような夢だった。

私たちの夢がどこからやってくるのかについての議論は時々見かけるが、それでは、私たちの夢はどこに行くのだろうか?記憶と同様に、夢も脳のどこかに格納され続けているのだろうか。

夢そのものが記憶と密接に関わったものであるから、そのようなことが言えるかもしれない。だが、仮に夢がどこかに残り続けているという状態を考えてみると、それは大変興味深いことのように思える。

あの変幻自在に姿を変え、多種多様な姿を見せる夢が、私たちの内側のどこかに存在し続けているというのは驚くべきことであるように思える。どこかに格納されている過去の夢は、もしかすると私たちのたくましい想像力の源泉なのかもしれない。

この五日間で見た二つの夢は、いったいどこに格納されているのだろうか。おそらく無意識のどこかであることは間違いないだろうが、広大無辺な無意識のどこにそれらの夢が格納されているかが気になるのである。

そして、「どこに」のみならず、どのように夢が格納されているのだろうか、ということへも強い関心がある。二つの夢は隣接した場所に格納されており、相互に影響を与え合っているのか?

二つの夢は全く離れた場所に格納されており、相互の影響は少ないのか?はたまた、二つの夢は階層構造をなしており、両者は別の階層に存在しているが、互いに強い影響を与え合っているのか?

夢同士の構造関係と影響度合いの組み合わせは無数に考えられる。昨夜見た夢、そして先日見た夢は、今どこにいるのだろうか?そしてどこかに格納されている夢は、今どのように時を過ごしているのだろうか? 赤紫色の美しい朝日が昇っている。昨日以上に今日の瀬戸内海は穏やかだ。夕方に散歩がてら砂浜を散歩するのも良いかもしれない。 遠方から小鳥の声が聞こえてきた。都会の喧騒から離れ、こうした環境で生活をすることにより、黙想的な自己へと還っていく。

今日は午前中に、作曲実践と並行する形で二、三冊の書籍を読み、午後からは、欧州に持って帰る和書の選別を行いたい。山口県光市:2017/12/30(土)07:32

No.592: Dual Perplexity

Our life always embraces inexorable things that we don’t want to confront.

The best way is sometimes to let time solve it.

Of course, it is not guaranteed whether the issue is resolved or not.

Nevertheless, it is unavoidable for us to wait for the issue to be solved over time.

Here, we can find dual perplexity; it is inescapable for us to let an inevitable thing be resolved with the lapse of time.

I have to accept this binary bewilderment. Hikari, Yamaguchi, 21:34, Wednesday, 1/3/2018

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