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1922. 実在感

January 3, 2018

結局、昨日から取り憑かれている複数の主題の輪郭をなぞるようなことを今もまだやっている。昨日は、列車や飛行機での移動の最中、日本語で日記を書くことを避けていた。

 

その代わりに、英語で日記を書くことを頻繁に行っていた。そうした自分の行動の背景にあるのは、結局恐怖なのだということが昨日の段階から分かっていた。

 

日本語を紡ぎ出し、また新たに自己の認識世界を拡張・深化させていくことほど恐怖を伴うことはない。もう終わりにしたいと何度も思うことがある。

 

自己の内側から自分の言葉を日本語で紡ぎ出し、自己を成熟の方向へと向かせることほど不毛な試みはないのではないか、と思うことがある。端的には、そうした試みは辛いのである。

 

日本語を自己の内側から紡ぎ出し、紡ぎ出された言葉が新たな認識世界を開拓していく様子をもう見てはいられないと思うことがある。日本語を母国語として持ち、日本語を紡ぎ出すという行為そのものが、一つの宿命であり、呪縛だと感じたことはないだろうか。

 

昨日、オランダから日本へ向かう様々な場所で、私はこの地球上に存在する様々な国籍を持つ人たちの姿を見た。彼らもまた、宿命を背負い、呪縛された存在なのだと知る。

 

人はそうした宿命と呪縛にどのように向き合っているのだろうか。「他人は他人である」ということなど間違っても言えない。

 

私が取り憑かれているのは、人間に普遍的な一つの大きな問題だと思うからである。

ここ最近私は、絶望と希望を混合し、その混合物を超越した感情が存在していることに気づいた。昨日はとりわけ、その感情によって随分と心が動かされていた。

 

それは文字どおり、心を動かし、ある種の感動を伴っていた。私はこの感動に見舞われるたびに、場所に関係なく、目頭が熱くなることがある。

 

昨日は何度も何度も、そのような体験をしていた。全くどうでもいいような事柄が奇跡に思え、とても愛おしく思えることが頻繁に起こるのだ。

 

言葉に出すこともためらわれるような些細な事柄に対して、私は逐一感動してしまう。

 

昨日、成田空港内で荷物が機内から流れてくるのを待っている時、アジア人の一人の男性が自分の荷物がベルトコンベヤーで流れてくるのに気づくのが遅れ、それを小走りで追いかけたが結局それは再びベルコンベヤーの機械の奥へと流れ去っていった。

 

そのアジア人男性の後を小さな女の子が追いかけていた。どうやら二人は家族のようだった。

 

結局荷物をそこでは受け取ることができず、次のベルトコンベヤーの流れを待つことになったようだった。その父親と娘は一瞬残念そうな表情を見せていたが、二人は笑顔で何か会話を交わしていた。

 

私はその光景を見たとき、とても微笑ましくなり、心を動かされた。このベルトコンベヤーに来る直前に、私はロビーのフロアで突然片足を滑らせた。

 

下を見ると、大量の液体がフロアーに溢れていた。ベルトコンベヤーに向かう最中からアルコールの匂いがすると思っていたが、どうやらそれはウィスキーのようだった。

 

足を滑らせた私の横に空港の職員の方がいて、今からそれを拭き取ることを私に告げた。私は片足を滑らせたが、転倒することもなく、自分が持っている運に感謝をした。

 

フロアーに溢れていたウィスキーを踏めたという奇跡と全く転倒することもなかったという奇跡が、無性に自分を笑わせた。

人間として生きるということは、もしかするとそのようなことを指すのかもしれない。生きるということは、絶え間ない現象と連続的に向き合っていくことであるが、私たちはそうした無数の現象の向こう側にあるものを見失ってはならない。

 

いや、それを見なければならないのである。そうでなければ、私たちは日常の無数の現象に飲み込まれ、生を見失う。人生を見失う。

 

一つ一つの現象を超えた先にあるものを見るとき、そこには絶望と希望を超えた感動があるように思えるのだ。絶望など最初から存在しておらず、希望など最初から存在していなかったのだ。

 

あるのはただ、絶望と希望を超越したこの感情であり、この実在感なのだ。

空港から外に出たとき、東京の夕焼けが感動的なほどに美しく見えた。私はそこで初めて、日本の夕焼けの音を聞いたのだと思う。2017/12/22(金)05:25

No.567: Paragon of Beauty


Aesthetics, aesthetics, and aesthetics. 

 

It captures me in an existential and spiritual way. 

 

I’ll shift my research theme in my near future to aesthetics. 

 

My irrepressible interest lies in how we develop our sense of beauty, which would be relevant with the development of our intelligence. 

 

Beauty captures us, and each of us is a paragon of beauty. We are equally the embodiment of beauty. 10:19, Sunday, 12/31/2017

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