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1913. 曲に潜む意味と思想を求めて


ズヴォレからフローニンゲンに戻る列車の中で、私はずっと、アーノルド・ショーンバーグが執筆したハーモニーに関する書籍を読んでいた。本書に掲載されている豊富な具体例を見ながら、これは将棋で言うところの棋譜であり、数学における数式の解法例だと思っていた。

作曲において曲を作るプロセス、将棋において手を打っていくプロセス、数学において数式を解くプロセスにはどれも、「こうなったらこうする」という法則性や方法論が存在している。

作曲に潜む法則性と方法論について思うだけで、私の心は無性に晴れ渡り、飛び上がりたいぐらいの高揚感を覚える。現在の私の作曲技術と関連知識は依然として皆無に等しいが、知性・感性・経験を総動員して、法則性や方法論を発揮していく作曲ほど、自分の感情を高鳴らせてくれるものは他にない。

一つの音符から次の音符への移行には意味があるということ。その意味が何なのかを自分なりに探求し、掴んでいきたいのである。

名棋士の一手に固有の意味があり、その人の感性と思想が色濃く表れるように、名作曲家が残す一つの音符には固有の意味があり、作曲家の感性と思想が反映されているのである。そのようなことを思うと、作曲家の楽譜を眺め、意味を見出す行為そのものが歓喜を引き起こし、その行為に従事することが絵も言わぬ充実感を引き起こす。

ショーンバーグが掲載している数小節の具体例を眺めるだけで、不思議な高揚感と興奮が自分の心身に起こる。一つ一つの音符の配置と移行には奥深い意味が隠されているのだ。

そして、その配置と移行を推進させるものが、まさに作曲家の音楽体系であり、音楽思想に他ならない。そうしたものを一つ一つ紐解いていくことが、たまらなく楽しいのである。

知識の不足から、今はそうしたものを紐解くことはあまりに難解である。しかし幸いなことに、一つ一つの音符の配置と移行の中に、作曲家の音楽体系と思想が滲み出ているという確かな気づきを得られたことが、何よりも幸福なことである。

列車に揺られながら、そうした幸福感は高まる一方であった。ここから私に求められるのは、当然ながら引き続き作曲理論の学習と作曲実践を継続させていくことなのだが、音符の配置と移行に関する無数のパターンを可能な限り全て意識的に取り入れていくことであり、同時に自らの経験の層を豊かにしていくことだ。

それは単に作曲家としてというよりも、一人の人間としての経験の層をより豊穣なものにしていくことが必要となる。音の持つ無数の組み合わせとそれが生み出す無限の表現世界に、私はのめり込んでいるようだ。

それは単純に、私が抽象的な記号の組み合わせとその操作を好むという傾向があるのみならず、無数の組み合わせが生み出す美しい音楽は、自己を超えた秩序世界を顕現させる働きがあるように思えるからである。

私は純粋に、そうした世界を垣間見たいと望み、そうした世界に自己の存在を預けたいと臨んでいる。これまで生み出されてきた音の無数な組み合わせを可能な限り学び、それらを実践で活用できる次元にまで身体知にし、その身体知を用いた創作活動に打ち込める日をとても楽しみにしている。

その日がやってくることを創造するだけで、自分の存在から幸福感が溢れ出しそうだ。2017/12/18(月)17:48 No.558: My Spiritual Home

I can see the Inland Sea of Japan from the window in my parents’ place.

The scenery pacifies and refreshes my soul.

I can feel joy from my soul. This is my spiritual home. 07:09, Wednesday, 12/27/2017

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