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1831. マリア・ジョアン・ピレシュのコンサート(後編):鳴り止まない拍手と終わりなき感動の中で


昨夜のコンサートが終わったのは、22:30辺りであり、そこから自宅に戻って就寝できたのは23時過ぎであった。それでも今朝は七時前に起床し、七時過ぎから今日の仕事を始めることにした。

昨夜のマリア・ジョアン・ピレシュの演奏がまだ自分の内側に残っているかのようである。つまりまだ、私は夢の中の世界にいるかのような感覚に包まれている。

「世界とは夢だった」と言われても、今の私は何も不思議に思わない。まさにこの世界は夢のようであると思う。

夢を見ているかのような意識が続く中、昨夜の夢のようなコンサートを振り返っている。 曲目解説のセミナーを終え、一階のロビーに行くと、そこで偶然知人の日本人の方にお会いした。その方に話を聞いて驚いたが、私はこのコンサートホールは数百人ほどの収容人数だと思っていたが、1200人ほどの収容人数を持っているらしい。

今回私は初めてこのコンサートホールに足を運んだが、その方は週に二回はクラシック音楽を鑑賞しにここに来ているらしい。その場で少しばかり立ち話をし、その方とその場で別れ、私はホールに入り、自分の席を探した。

演奏舞台が照明で神々しく照らされている。オーケストラ用の器具が諸々準備されており、それらが舞台の上で照明に照らされている。

その姿は、ピレシュとブレーメン・ドイツ室内フィルハーモニー管弦楽団との共演がこれから始まることを静かに告げていた。 事前にホールの見取り図を眺めていたため、自分の席をすぐに見つけることができた。今回予約した席は、“Gold Class”と呼ばれるものの一つ下の “First Class”のものであったが、後者は前者よりも段差が高い場所に席が配列されており、大柄なオランダ人の聴衆によって視界が避けられることを防ぐ意味でも、私にとっては好都合であった。

私の席は舞台から近くすぎず、遠すぎずの距離にあり、舞台全体を眺めることができる。自分の席に到着すると、私の両隣の席には、すでにオランダ人の夫婦が二組座っており、簡単に挨拶をした。

会場入りからコンサートの開始までは時間が短く、それほど待つことなく管弦楽団の演奏者が舞台に姿を現した。それと共に、会場には拍手が巻き起こった。

管弦楽団の演奏者が舞台に姿を現し、各々の席に座ってしばらくしたところで、指揮者のパーヴォ・ヤルヴィが颯爽と舞台に姿を現した。その時、先ほどよりも大きな拍手の渦が会場を包んだ。

この小柄なエストニア人の指揮者に、会場中の視線が注がれていた。指揮者のヤルヴィの合図と共にフォーレの交響曲が始まり、そこから私は夢のような世界に入っていった。

フォーレの交響曲が終わると、舞台の隅に置かれていたピアノが舞台の中央に動かされた。いよいよピレシュが登場する。

ピアノが舞台の中央に動かされる姿を見ていた観客は、皆私と同じようなことを考えていることが察知され、一様に期待が高まっていたように思う。会場の高まる期待に呼応するかのように、ピレシュが照明で光り輝く舞台にゆっくりと姿を見せた。

すると、会場は先ほど以上の大きな拍手の海に包まれた。指揮者のヤルヴィはとても小柄のように見えたが、ピレシュはもっと小柄だった。

しかしひとたび演奏が始まると、ピレシュの発するピアノの音は、その小柄な身体からは想像できないような形で観客の意識を包んで行った。このピアニストの持つサトルエネルギー、あるいはコーザルエネルギーのようなものを私は肌を通じて感じ、彼女が発するエネルギーの中に包まれていたように思う。

演奏とはエネルギーの表現であり、エネルギーの共有なのだ、ということを私は静かに思っていた。曲目がピレシュの十八番であるモーツァルトの楽曲であったこともあってか、大きな安堵感に包まれ、夢の中にいるような感覚がさらに強まり、夢のさらに奥にある夢の中にいるような感覚に陥っていた。

それから二時間、私は瞑想的な意識であり続けた。時に舞台の中央で演奏をするピレシュの姿だけを見つめ、時に管弦楽団だけを無心で眺めていた。

そして、無心となって演奏者たちと一体となることに平行して、私は絶えず何かを考え続けていた。感動の中にあってずっと何かを考え続けていたのである。

それはこれまでのこと、これからのことであった。

途中で休憩を挟み、二時間以上にわたる演奏が終焉に差し掛かっても、私はまだ夢の中にいるような感覚であった。ピレシュが最後の音を会場に届けた時、全てが終わった。

その瞬間、観客たちはおもむろに立ち上がり、スタンディングオベーションを始めた。一向に鳴り止む気配のない拍手。

小柄なピレシュがお辞儀をし、一旦舞台から去ってもまだ拍手は鳴り止まない。再びピレシュが姿を表し、再度観客全員に向けてお辞儀をし、静かに舞台を去っていった。

しかし、観客たちはそれでもまだスタンディングオベーションを送り続けている。すると、ピレシュがまたしても舞台に姿を見せ、今度はお辞儀をするだけではなく、ピアノの方に向かって歩き始めた。

そして、静かにピアノの椅子に腰掛けた。そこから、後半の部でピレシュと共演をしていたもう一人のピアニストである、ベルギーのジュリアン・リベールと共に連弾を始めたのである。

演奏を始めた曲は、おそらくモーツァルトが姉のナンネルと一緒に弾くために作曲した曲だと思われる。

舞台の上に残っていた管弦楽団の演奏者たちがその場で見守る中、ピレシュとこの若きピアニストであるリベールの最後の演奏が始まった。それは会場中を静謐な感動で包んだ。

二人の連弾が終わった時、会場にいた観客は静かな感動で身動きができないかのようであった。少しの沈黙があり、再び観客たちは立ち上がり、スタンディングオベーションを二人のピアニスト、そしてブレーメン・ドイツ室内フィルハーモニー管弦楽団の全員に送った。

演奏が終わり、会場を後にしても私はまだ夢の中にいるような感覚があった。この現実世界を一つの夢として深く生きること。そのような誓いが生まれた。

フローニンゲンの冬の夜空は美しかった。きらめく星々が、私のこれからの生き方に新たな光を照らしてくれているかのようであった。2017/11/27(月)08:55

No.476: Creative Addiction

I may be addicted to music composition.

It can be called “creative addiction,” which derives from the joy of creation.

Most of my daily activities are just writing or composing.

I do not want other things. My desire is just continuing to write and compose.

The twos are all I want and vital forces for my living. 15:04, Tuesday, 12/5/2017

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