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1762. 精神の変容と変調、そして夢

November 29, 2017

以前に想定していたよりも早く、過酷な冬に固有の精神状態と向き合っている自分がいる。本格的な冬はこれからだというのに。

 

精神が変容することと精神が変調することの差。それについて考えていた。

 

どちらも共に精神の「変化」であることに変わりはない。片一方は、精神が変容し、新たな精神が生まれる。もう一方は、精神が異常をきたし、精神が死滅する。

 

その差は一体なんだろうか。そして、そうした差はどこから生まれてくるのだろうか。

 

今から五年前、サンフランシスコの坂道を下っている時に降りてきた啓示的な気づきについて思い出す。それは、正常さと異常さという間には、実は薄皮一枚のものも存在していないという気づきだった。

 

つまり、正常さも異常さも隣り合わせに存在しているということだ。精神の変容と変調も、同じような話として認識すればいいのだろうか。

一つの現象を予期することと、その現象の最中でそれを経験することの差は極めて大きい。冬がやってくる前に、「今年の冬も何とか乗り越えていけそうな気がする」と述べている自分がいた。

 

しかし、存在に訴えかけてくるその厳しさを前にした時、話はそれほど単純ではない。厳しいものは厳しい。過酷なものは過酷である。

 

異常なものを完全に異常なものだとみなせた瞬間、正常に転じるというような現象は起きてくれないだろうか。いつもそれを期待する。

 

異常なものと正常なものが隣り合わせになっているのであれば、それは十分に可能だと思うのだ。


存在の克明な記録。隣接した対極を揺れる存在の歩み。そうした歩みを絶えず記録していくこと。

 

生きることは存在証明の試みであり、生き続けることが生きることの最後の拠り所になるのでは、という思念。

昨夜は、非常に心踊る夢を見た。夢の中で私は、日本で最もフリーキックの巧いサッカー選手と対談する機会を得た。

 

私が以前から気になっていた質問をいくつ投げかけても、その選手は嫌な顔一つせず、むしろこちらの質問を楽しんでいるかのように、洞察に溢れる回答をしてくれた。

 

予定されていた対談の時間を大幅に過ぎても、二人の対話が止むことはなかった。二人は意気投合し、対談後、その方から非常に有り難い提案を持ちかけてくれた。

 

それは、毎日の練習の後、30分間ほどサッカーの指導をしてくれるというものだった。とりわけ、フリーキックの技術について教えを請いたいと前々から思っていたため、その30分の指導の時間は全てフリーキックの練習に充ててもらうようにお願いをした。

 

この有り難い提案を最初に耳にした時、私の心は踊っていた。しかし、毎日練習場に通い、30分間の練習ができるのかどうかを懸念している自分がいたのは確かである。

 

そうした懸念を脇に置き、その翌日に練習場に足を運び、30分間の指導を受けた。指導の最中にも感じていたが、フリーキックの練習というのは科学的な実験に他ならないのだということに気づいた。

 

つまり、フリーキックの練習も科学的な研究も、両者は共に仮説検証の実践であるということだ。ゴールまでの距離を20数メートルに設定し、向かってゴール右上の角に決める練習を開始した。

 

私は右利きなのだが、その選手が左利きということもあり、私も左足で練習をすることにした。私はその方に、最初に手本として何度か実際にフリーキックを蹴ってもらうことを依頼した。

 

依頼の際に、壁を超えた瞬間はキーパーの方に向かっていくかのように見え、壁を超えてから急速にボールがキーパーから離れていき、それがゴールの右隅に決まるようなボールの軌道を描いて欲しいと注文を出した。

 

するとその選手は、笑顔を見せながら、本当に私の注文取りの軌道を描くフリーキックを決めた。だが私はさらに、もう少し細かい注文を出した。

:「壁を超えた瞬間のボールの高さを3cmほど上げてもらって、そこからゴールの右隅に落ちていく傾斜角度を4度ほど強くしてもらえますか?」

このような注文をした背景には、自分の中で徐々にボールの軌道のイメージが出来上がっており、それをより緻密なものにしたいという思いがあったからである。私の細かな注文に対しても、その選手は何一つ嫌な顔をせず、むしろ私の注文を歓迎してくれるかのように、またしても注文通りのキックをしてくれた。

 

その後も、私たちはあれこれとフリーキックという一つの技術に存在する無数の理論仮説を共有し、30分の時間はあっという間に過ぎた。夢から覚めた今も、あのボールの軌道が脳裏に焼き付いている。2017/11/10(金)08:08
 

No.407: Sketch-Like Music Composition
I want to compose music at a faster pace. 

 

Like a painter sketches, I need to compose music as naturally and quickly as possible, which might be called sketch-like composition.

 

Van Gogh continued to make a number of preparatory drawings for practice. 

 

Emulating van Gogh’s daily practice, I will do sketch-like composition to represent my daily experience. 

 

The embodiment of my thoughts and emotions in a daily life is foremost important for me. 

 

I do not intend to make a large piece of music, which is contradictory to my purpose of music composition. 

 

Music composition for me should be equal to keeping a daily journal. 19:45, Thursday, 11/23/2017

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