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1718. 透徹した意思の線


今日は十分すぎるほどの睡眠を取り、心身が深く休まっている感覚がある。目覚めたのは七時半を迎える少し前であり、仕事を始めたのは八時前だった。

昨日にサマータイムが終わり、それに伴って、自分の中で何かしらの調整が入ったのかもしれない。今日はゆったりとした感覚の中で仕事を進めていきたいと思う。

ゆっくりと物事を進めていくことの重要性、とりわけ、人生の過程の中で自分の探究を深めていく際に、ゆっくりと足を前に進めていくことが極めて大切だと最近強く思う。

自分は早く進むことができない。とにかくゆっくりと進んでいく。そうした決意にも似た思いを昨日も持った。

探究項目を自分の内側に詰め込むような形で向き合ってはならず、一つ一つの探究項目を最適な間隔を設けながら向き合っていくこと。この「最適な間隔」という点が、一つ大切なポイントになる。

一つ一つの探究項目を咀嚼し、自己の内側で結晶化させるためには、最適な間隔が必要なのだ。次から次へと探究項目を自分の内側に流し込んではならない。

そのようなことをしてしまうと、一つ一つの探究項目が熟成される時間的・空間的な余地がなくなってしまう。探究項目が真に自己の内側で醸成されていくためには、十分な時間的・空間的な間隔が必要となる。

いつからから、急いで前に進もうという意思がどこかに消え去った。逆に、できる限りゆっくりと着実に進んでいこうという意思が力強く芽生え始めた。

欧州で過ごす今の生活もそうした意思から生まれたものであり、来年から再び生活拠点を変えて探究活動に打ち込もうとしているのも、そうした意思からもたらされたものである。 書斎の窓から空を眺めると、薄曇りの空の下を、十羽ほどの鳥たちが綺麗な隊列を成してこちらに向かって飛んできた。実に見事な隊列である。

遮るもののないこの大空を、自らの意思に従って進む鳥たち。彼らには目的地があるのだろうか。

仮にあったとしても、一つの目的地からまた別の目的地に向かって、自らの意思で進んでいくのだろう。遮るもののない大空を進んでいく鳥たちの姿を見ていると、人間の生き方について考えを巡らさざるをえなかった。

私たちの人生には、何か遮るものがあるのだろうか。究極的な地点から突き詰めて考えてみると、本来、私たちの人生には何も遮るものはないと思うのだ。

現実には、遮るものは無数に存在している。それは私たち個人や社会が産み出したものだ。

それら一つ一つを吟味し、遮るものからの解放へ向けた試みに着手しないのはどうしてか?なぜ私たちは、遮られながら生きることを良しとしているのだろうか。

本来、私たちの人生は大空と同様に、何も遮るものはないはずなのだ。自ら作り上げた障害と社会が作り上げた障害の一つ一つを検証し、それを乗り越えようとしないのはどうしてなのか。 今朝のフローニンゲンは、薄い雲が空全体を覆っている。だが、一つ一つの雲の筋は色や厚さが異なり、白と黒の様々なグラデーションが生み出す虹のように見える。

一つ一つの雲の筋が、透徹した意思の一本の線に思えた。2017/10/31(火)08:18

No.363: Composition Notebook I started to use a notebook to keep my processes of music composition.

The notebook is filled with music symbols and my sudden ideas of music composition.

I will wrote down my daily experience and music ideas in the notebook, and I expect that I can freely compose music based on the contents in the notebook.

My experience, memories, images, and ideas will spontaneously appear as music.

I cannot repress my exhilaration to imagine that such a day will come in my near future. 14:26, Wednesday, 11/8/2017

過去の曲の音源の保存先はこちらより(Youtube)

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