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1715. リズムやメロディーとコードとの関係性について


早朝の闇がようやく晴れてきた。サマータイムが終了した直後の日ということもあり、闇が消えていく時間帯が早くなった。

七時を過ぎたこの時間帯には、随分と視界が良好になっている。先ほど書き留めていた作曲に関する新たな気づきに補足する形で、もう少し文章を書き留めておきたい。

先ほどは、コード進行から曲を作るのではなく、メロディーやリズムから曲を作る方法について考えを書き留めていた。これまでは、コード進行から曲を作っていたために、コードの持つ意味が非常に大きく、その存在感が際立っていた。

まだコードの役割についても、それは絶大なものであった。しかし、昨夜少しばかり考えていたのは、そもそもコードとは何のためにあるのかという点とコードの役割についてである。

現在は、コードに関する深い知識がないために、直感的に、曲はコードに当てられるものではなく、コードは曲に当てられるものなのではないかと思った。

言い換えると、メロディーやリズムはコードに当てられるのではなく、コードがメロディーやリズムに当てられるという関係があるのではないか、という気づきが芽生えた。

その気づきを基にすれば、コードが持つ目的と機能が見えてくるかのようであった。コードはどこか、曲の骨格のようなものであり、肉ではない。

私の頭の中には、骨格から曲を作っていくというのは決して間違いではないのだと思うが、それでは限界が見えていることを先ほど指摘していたように思う。作曲の面白さは、肉から作るということにある気がしている。

肉が先にあり、それにふさわしい骨格が後から付け足されるのである。もっと言ってしまうと、肉が発する固有の香りや色があり、それに骨格が当てられるのである。

とても奇妙な表現のように思えるかもしれないが、メロディーやリズムとコードとの関係に関する現段階での自分の感覚は、概ねそのような内容を持つ。その感覚を検証するためには、実験が必要になる。

そうした実験を行っているのが、まさに毎晩の作曲実践だ。日中、科学研究に没頭し、時に哲学的な探究を合間に挟んでいるが、それらは夜の作曲実践と密接に繋がっている。

作曲実践の場は、もしかすると科学研究や哲学探究の延長にあるものであり、科学研究のアプローチを活用する形で、哲学的な思想を曲の形にしようとしているのかもしれない。

今はまだ、自分の思想を曲にすることはおろか、思想そのものを形成する段階にあるが、いつか本当に三者が統合される形で日々の生活の中に流入してくるように思う。とにかく、今日の夜は、ここで書き留めているような仮説を、実験を通じて検証することを行いたい。

仮説を立て、それを実験によって検証し、また新しい仮説を立てていくというのは、科学研究の本質に他ならない。日々の科学研究は作曲と結びつき、作曲はまた科学研究と結びついていく。

そのようなことを実感する。本日の最後に行いたいのは、リズムにメロディーを与え、メロディーから曲を作っていくことだ。

いくつかの仮説を検証していくという姿勢を持って、今日の作曲実践に臨みたい。2017/10/30(月)07:39

No.360: New Avenue for Creativity It is already evening without noticing.

It has been cold today, but I went running before lunch. The exercise calmed down my mind.

My mind was too much sparky in the morning to come up with a flood of concepts and images.

Although it might have been a sign of creativity, I decided to bring some unity and harmony in my mind.

Today’s running was quite meaningful and beneficial in that it brought more than what I expected; it provided me not only with unity and harmony but also a new avenue for my creativity. 16:47, Tuesday, 11/7/2017

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