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1704. 上昇するさざ波:バッハ平均律クラヴィーア曲集 第1巻 第1番


今日の午前中の読書は大いにはかどった。文章を声に出しながら自分に説明をし、読みながら書くということを行う中で午前中の時間が過ぎていった。

先ほど英国のアマゾンに注文したいくつかの書籍が無事に届いた。作曲関係のものが大半を占めるが、その中には数冊ほど学術研究に関するものがある。

再来週に試験を終えたら、それらの書籍を一気に読み進めておきたいと思う。来学期もすぐに始まることになるため、試験終了後の数日間は、現在所属しているプログラムと全く関係のない専門書や論文を読むための格好の時間となる。 午後からの仕事に取り掛かる前に、昨日の作曲実践について少しばかり振り返っておきたい。数日前から、バッハが残した24個の前奏曲の最初の作品に範を求め、自分なりの曲を作っていく試みに着手し始めた。

バッハのこの曲を何度も聴いていると、実に不思議な体験をした。この曲の楽譜を最初に見たとき、構造的には非常にシンプルであり、最後の少数の小節を除き、最初から最後までほとんど同じ構造でこの曲が作られていることに気づいた。

外見上、それは単調な曲のように見える。だが、ひとたびこの曲を聴いたとき、その印象がガラリと変わった。

単調な構造の中に、何とも言えない感覚を喚起する力を秘めていることに気づいたのだ。いつも自分が作曲をしている最中に、頻繁に単調な構造を持つ小節が生み出されるのだが、それは本当に単調なものでしかなく、何か美的な感覚を喚起するものではない。

一方、このバッハの曲には、単調な構造の中に、美的感覚を喚起させるような装置が組み込まれているように感じたのだ。単調な構造の連続が、奇妙な美的感覚を私の内側に生み出した。

具体的には、さざ波のような一連の感覚が自分の身体の中に芽生え、その波は高き場所に向かって自分を後押しするような感覚を引き起こしていた。

絶え間なく押し寄せる波の連続。しかもそれは、上昇へと向かわせる波の集合であった。

音の波そのものがざわざわと動くのに合わせて、私の内側にもざわざわとする上昇への波が生じていた。これはとても不思議な体験だった。 バッハは、一連の前奏曲とフーガを鍵盤楽器の練習用に作ったそうだが、その背後には隠れた意図があるように思える。その意図は実に深遠であり、バッハの楽譜と向き合うことによって、徐々にこれまで気づきもしなかったようなことに気づかされる。

演奏者として楽譜と向き合う場合と、作曲者として楽譜と向き合う場合には、相違点もあるだろうが、もちろん共通点もある。数ある共通点の一つは、楽譜と向き合って初めて開かれる感覚や気づきがあるということだ。

もし仮にバッハがこの曲を、聴き手の中に、上昇するさざ波を喚起させることを意図して作ったのであれば、それはまさに楽譜と向き合いながらこの曲を聴くことによって初めて理解することができる。

イタリアの哲学者であり小説家でもあるウンベルト・エーコはかつて、「学術論文は人類への手紙である」と述べていた。まさに楽譜というものも、人類への手紙であり、楽譜から生み出される音楽は、手紙の中に内包された生きた感覚に他ならないように思える。2017/10/28(土)13:37

No.349: Unnecessary Practice The heaters in my room have stopped working since yesterday.

In addition, hot water has not come out from the faucet either. Since it is already quite cold in Groningen, that has been troublesome.

Although I live my life as if I were a monk, I am not an actual monk.

Coldness in the room and cold water from the shower have trained my body and mind very much, which is probably unnecessary practice. 20:40, Thursday, 11/2/2017

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