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1625. 卒業証書授与式


雨が降り、雨が止み。雨が降り、雨が止む。

午前中からそのようなサイクルが繰り返されていた。時に激しい風が吹き、雨が真横に降り注いでいる姿や、風が落ち着き、雨が真下に向かって降り注ぐ姿を書斎の窓から午前中に何度も見た。

激しい風と穏やかな風。激しい雨と雨の降り注がない晴れの姿。午前中に見たそうした景色は、どこか昨年一年の自らの歩みを人知れず象徴しているように思えた。 午後一番に開催される卒業式に向けて、私は早めに昼食を済ませた。天候の回復を祈っていると、出発の支度を整えた頃には雨が上がっていた。

久しぶりにスーツを着用し、身なりを整え、私は大学のメインキャンパスに向かって歩き始めた。自宅を出発した一歩目の歩みから、どこか身が引き締まるような感覚があった。

また一つ新たな学位を取得するからだろうか。いや、それ以上に、これから始まる卒業式は、この一年間に自分が成してきたことの全てが凝縮されており、自らが積み上げてきたものを元に、再度ここから出発することに対して身が引き締まるような思いになっていたのだろう。

予定よりも早くメインキャンパスに到着すると、卒業式に参加する人たちが散見された。フローニンゲン大学の卒業式は、年に何回か開催され、それぞれの学生の卒業時期に合わせて、どこかのタイミングを選ぶことができる。

もう一つ特徴的なのは、フローニンゲン大学の卒業式は、多くの学生が一堂に会するものではなく、個別になされることだ。15分刻みで一人の学生に対して、卒業証書の授与がなされるのである。

卒業証書の授与の場には、家族や親しい人を何名か呼ぶことが可能である。卒業証書の授与が行われるのは、私が在籍していた社会科学学科の式典用の部屋ではなく、法学科の式典用の部屋だった。

会場付近でしばらく待っていると、式典用の部屋の扉が開き、正装をした一人の男性が私を部屋に招き入れた。すると、私がスピーチを依頼していたサスキア・クネン先生が、大きなテーブルの真ん中を前にして、立ち上がる姿が見えた。

とても厳かな雰囲気を醸し出す部屋に、太陽の光が差し込んでいた。クネン先生と最後に会ったのは、夏季休暇の前であるから、今からもう三ヶ月以上前のことだ。

その間にも、何度もメールでやり取りをしていたが、こうした場で久しぶりに顔を合わせることができて、とても光栄な気持ちになった。大きなテーブルを挟んで、テーブルの向こう側にクネン先生と私を部屋に招き入れてくれた男性が着席した。

着席した私の目の前にあったのは、卒業証書を置くための下敷きとサインのためのペンだった。クネン先生から、この式の進行についての話があり、その後、先生のスピーチが始まった。

先生のスピーチの中には、私のこの一年間の歩みの全てが含まれているように思えた。クネン先生の支援を受けながら、共に研究をしてきた一年間の記憶が走馬灯のように流れた。

だが、その場に流れる時間は止まっているかのようだった。式典会場に降り注ぐ太陽の光がとても暖かく感じた。

クネン先生のスピーチが終わり、私は先生から、ラテン語で書かれた卒業証書を授かった。その証書を受け取り、サインをした。

何か非常に重たいものを授かったように思えた。それは、この大学における学位を取得したことの重さというよりも、自分が積み重ねてきたことの重さだった。

一人の小さな人間が、その人の日々を捧げ、何かに打ち込む過程の中で築き上げてきたものの重み。そして、その価値と尊さ。

私が欧州での生活を通じて学んだ最も大切なことは、これなのではないかと思う。欧州で訪れたいかなる場所にも、この重厚な感覚があった。

一人の人間、あるいは人間たちが人知れず積み重ねていったものが持つ固有の重み。それは人の命と同様に、目には見えない重みを持つのだ。

その重みに気づかせてくれたのが、欧州での一年間の生活であり、フローニンゲン大学での一年間の学術生活だった。

ラテン語の卒業証書にサインをし、もう一度クネン先生にそれを手渡した。その後、卒業証書の翻訳として、オランダ語と英語の卒業証書が同封された包みを授けられた。

式が無事に終わり、クネン先生と私は笑顔で握手を交わした。そして、私は式典会場の部屋を後にした。

メインキャンパスの外に出ると、午前中の雨が嘘のように、晴れ渡った空が目の前に広がっていた。私はこの空をしばらく眺めていようと思った。

自分が空になるまで、空が自分になるまでその空を眺めていたかった。2017/10/6(金)16:58

No.270: Self-Fermentation Time never passes within me during my life in Europe.

Experience accumulates within me. It is true that my knowledge system has become larger for the past year.

However, an important point is that the self, which strives to acquire and digest knowledge, transforms.

Moreover, I can feel that not only the self toward knowledge transforms but also the self to create knowledge emerges.

I needed the past several years in Japan and four years in the US. I needed self-fermentation to come here. 08:56, Saturday, 10/7/2017

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