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1614. 時間の速度を伝える夢


昨日は、一日中大学のキャンパスで講義や実習に参加していたため、なかなか日本語で振り返りをすることができなかった。そのためか、昨夜の就寝前に、少しばかり恐怖を感じるような思考に囚われた。

それは、自分の心的空間から日本語が消滅するというものだった。「日本語を用いて思考することや文章を書くことには意味はない」というささやき声がどこからか聞こえて来る。

この声を聞くたびにいつも私は、なんとかその声を振り払おうとする。自分の内側に守るべき砦のようなものがあり、それを最後まで守り通さなければならない。

そんな思いに駆られていたのが昨夜の就寝前の出来事だった。日々、このように日本語で考え、日本語で文章を書いているのは、自分の内側に不可欠な砦を守るためであり、守りながらにしてそれを育むためである。

しかし、それを最後の最後まで守り続けることができるのだろうか。それを最後の最後まで育み続けることができるのだろうか。昨夜は、そのような弱気な気持ちに襲われたのである。

今週はまたしても天気が悪い。今日は昼あたりから小雨が降るようだ。

書斎の窓から外を眺めると、街灯だけがぼんやりと明るく光っている。人が通りを歩く様子はまだ見えない。雲に隠れながら、これからゆっくりと日が昇り、一日がまたゆっくりと始まる。 昨夜見た夢は、ゆっくり進めということを自分に暗示しているような内容だった。夢の中で私は、顔の分からぬ運転手が運転する一台の乗用車の後部座席に座っていた。

時刻は、すべての人が寝静まる深夜だった。深夜にもかかわらず、道路には時折車の姿が見える。どの車も動く速度が速い。

私が乗っている車の運転手も、他の運転手と同じことを考えているのだろうか、通りを走る車の数がまばらであるため、とにかく速度を上げて車を走らせている。徐々にその速度がエスカレートしていき、私は徐々に不安の感情に囚われ始めた。

法定速度を遥かに超え、仮にこの車が他の車にでもぶつかろうものなら、運転手のみならず、自分の命も危ういと思われてきた。そのため、私は見知らぬ運転手に対して、丁寧な言葉を用いながら、速度を落としてもらうことをお願いした。

しかし、その運転手の態度は実に横柄であり、私の言葉に一向に耳を傾けようとしない。速度を落とすどころか、むしろ速度をさらに加速させ始めた。

その様子に私は呆れ返り、先ほどよりも強い口調で運転手に速度を落とすように伝えた。それでもやはり運転手は私の声に耳を傾けようとしなかった。

そこで私は強硬手段を取ることにした。持っていた携帯電話から警察に通報し、車が走っている現在地と車のナンバープレートを伝え、暴走車を止めて欲しいと願い出たのである。警察へ通報することによって、運転手も速度を落とすかと思いきや、むしろさらに速度を加速させ始めた。

いよいよ身の危険を察知し、私は後部座席のシートベルトを外し、車と同じぐらいの勢いで運転席の方へ詰め寄った。ちょうど信号待ちで車が一旦停車したため、私は運転手の頭を運転席の横の窓ガラスに打ち付けた。

そして、運転手のポケットから財布を取り出し、助手席の窓からそれを外に投げ捨てた。財布の中には免許証が入っているため、それがないままに運転を続け、警察に捕まれば一大事となる。

窓ガラスに頭を打ち付けられた運転手は、何かをわめいており、投げ捨てられた財布を拾いに行くために、車の外に急いで出た。その瞬間に信号機が変わり、私は急いで車を走らせ、自分が安全に思う速度で目的地に向かった。

そこで夢から覚めた。夢から覚めた時、ちょうど時刻は、夢の中で車を走らせていた時間帯と同じく、早朝の三時だった。

この夢は、あまりに早い外側の流れに飲み込まれることなく、自分の速度で時間の中をくぐり抜けていくことの重要さを示唆しているように思う。しかし実際には、それよりも重要な何かをこの夢は示唆している。2017/10/3(火)07:27

No.259: Learning by Feeling Whenever I learn something new, I always remember John Dewey’s insightful remark of learning by doing.

It points out a quite simple thing, but it is an essential principle for learning. We need to embody our new knowledge by actual practice.

Our learning and development are task-dependent in addition to context-dependent. Thus, learning by tackling actual tasks is fundamental for learning.

I also value the notion of learning by feeling. The idea is closely linked with the notion of learning by doing, but learning by feeling more emphasizes on physiological and somatic aspects of learning.

Whenever I learn something new, I always try to feel the quality of knowledge and experience, which can be a form of color, smell, sound, etc. 16:42, Wednesday, 10/4/2017

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