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1603. 歓喜になる体験

October 12, 2017

今年の気候は昨年と随分と異なるようだ。そのようなことを、一昨日訪れたチーズ屋の店主が述べていた。

 

昨年もこの街で生活をしていた自分からすると、確かにそのように思う。昨年は、このように白い霧に辺りが包まれることはそれほどなかったように思える。

 

このところは連続して、このような白い霧に包まれた早朝を迎えることが多くある。
 

午前中の仕事に取り掛かる前に、昨夜の夢について書き留めておきたい。夢の中で私は、芝生で整備されたグラウンドではなく、砂利のグラウンドの上にいた。

 

砂利のグラウンドは、ヨーロッパの街の一角にあり、辺りを眺めると、ヨーロッパ風の作りをした家々が見える。家のデザインを観察してみると、どうやらここがオランダであることがわかった。

 

グラウンドでサッカーをしている人たちの表情は真剣であり、どうやら日本代表とオランダ代表が試合をしていることがわかった。街の一角の砂利のグラウンドで代表チームが試合をしていることに驚いたが、両者は紛れもなく国を代表するチームだった。

 

気がつくと、私は日本代表の一員として試合に参加していた。その気づきが生まれた瞬間、辺りの景色を眺めるような余裕が消え、試合に集中する自分がいた。

 

両者の力は拮抗しているようであり、試合が開始されてもなかなか得点が決まらない状態にあった。グラウンドの左サイドがどうやら自分の持ち場のようであり、中盤のポジションを任されているようだった。

 

私の目の前でボールが高く跳ね上がり、それに対して大柄なオランダ人と味方の選手が体をぶつけ合い、自分のボールにしようとしている。オランダ人にも負けない高さで味方の選手が競り合い、自分のところにボールがこぼれてきた。

 

私はすかさず前線の選手にボールを浮き玉で送り、そのボールを追いかけるかのように私も攻撃に参加した。すると、パスを送った先の味方の選手がゴール前で私にリターンパスを送り、私は均衡を破るゴールを決めた。

 

その瞬間、砂利の質感と左サイドに見えた木々の様子から、この場所が自分が幼少時代に慣れ親しんだグラウンドであることに気づいた。ゴールの歓喜とともに、どこか懐かしさが込み上げてきたのはそのためである。

 

ゴールが決まらない時間帯が長く続いていたこともあり、均衡を破るゴールが決まると、味方の選手は大きな喜びの感情に包まれたまま、私の方に駆け寄ってきた。内側には溢れんばかりの喜びがあったのは確かだが、私は特にゴール後のパフォーマンスをすることもなく、淡々と自陣に戻り、試合の再開を待とうとした。

 

すると突然、私の視界が真っ暗になり、そうした状況の中、ベートーヴェンの交響曲第9番第4楽章の「歓喜の歌」を、私は高らかに歌い始めた。いや、高らかというよりもむしろ、自分の内側にある抑えきれない歓喜の気持ちを大声で表現していた。

 

大声で歌えば歌うほど、私の中から込み上げてくるものが増し、いつしか自分の身体が消えていく感覚があった。抑えきれない歓喜の気持ちが身体を離れ、それが徐々に天に向かっていく姿を目撃した。

 

そして、それを目撃している私は歓喜そのものとなり、天に向かっていった。そこで夢から覚めた。

 

夢から覚めても、目の前の深い霧は覚めない。だが、夢の中の歓喜の余韻がまだ自分の内側に残っている。

 

歓喜の感情を持つのではなく、歓喜の感情そのものになる不思議な体験だった。2017/9/29(金)08:53

 

No.248: Tepid Writings and Impressive Writings
Writings that conceal the author’s truth are always worthless to read. They are tepid and apathetic. 

 

I cannot feel anything from that kind of writings. However, there are a number of such writings in our society. 

 

I deplore this situation that most people suppress their truth and do not express it in their writings. 

 

Writings that make me feel inspired are written based on the author’s truth. In many cases, such an author does not take readers into account. 

 

Instead, the author seems to just write from his or her truth to him or herself. 

 

Interestingly enough, I naturally become a reader of such writings even if the author does not take account of readers. 

 

I am attracted not to luxuriant writings without the author’s truth but to poor scribblings with the author’s own truth. 08:11, Sunday, 10/1/2017

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