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1597. マリ共和国での学会発表


昨夜の夢の中で、私はマリ共和国で行われる学会に参加することになった。なぜ西アフリカに属するマリ共和国で自分の研究分野の学会が開催され、どのような経緯で私がこの学会に参加することになったのか定かではない。

とにかく自分が一人の発表者としてこの学会に参加することが突然決まった。自分自身、マリ共和国での学会に参加することを知ったのは、ある教室の中で他の人から声をかけられたからだ。

その教室には私を含め、仕事上で縁のある何名かの知人が席に腰掛けていた。そのうちの一人が、「マリ共和国での学会発表を楽しみにしています。私も現地に行きますので」と述べた。

その言葉を受けて初めて、自分がマリ共和国で学会発表をすることを知ったのである。私はアフリカ諸国を訪れたことはないが、その知らせを聞いても平然としていた。

むしろ、マリ共和国という国に強い関心を示し始めたのである。頭の中で世界地図を広げてみた時に、奇妙なことにマリ共和国は、エジプトとインドの間に挟まれている形で想起された。

自分の中で、マリ共和国に行くことはエジプトに行く感覚とほぼ同じであり、今回の学会発表でのマリ訪問は、行くべき場所に行くという必然性を伴った感覚を引き起こしていた。それゆえに、マリ共和国に行くことを突然知っても特に驚くことはなかったのだと思う。

学会について教えてくれた知人の方は、一足早く教室を離れた。その時の時刻は午前八時半だった。

マリ共和国行きの列車の出発時間は九時半であり、九時ぐらいになったら私も教室を後にしようと思った。三十分の時間は一瞬にして過ぎ去り、私も教室を後にした。

マリ共和国行きの列車が運行している駅に着くと、思っていた以上に混雑していた。列車の出発時刻に間に合うか少々不安だったため、できる限り急いでプラットホームに向かった。

プラットホームに到着すると、まだ列車は来ていないことに気づき、少しばかりホッとした。一つ前の時刻に出発する列車が、今その瞬間に目の前を通り過ぎて行った。

しかし、乗車予定の列車の到着に間に合ったはいいものの、まだ列車のチケットを購入していないことに気づいた。いや、事前にチケットを購入していたようなのだが、どうもそのチケットが見当たらない。

偶然ながら、プラットホームには中学時代の友人が二人いた。ちょうど彼らもマリ行きの列車を待っているらしい。

この駅は近未来的な作りになっており、到着した列車のドアは開かずに、ふさわしい時刻のふさわしい列車のチケットを持っている人だけが、ドアを貫通して列車の中に吸い込まれる仕組みになっていた。

チケットを持っていなかった私は、どうしようかと考えた挙句、何食わぬ顔で旧友に話しかけた。

:「久しぶり!」 友人A:「おぉ、久しぶり!」 友人B:「こんな所で会うとはすごい偶然だね〜」 友人がそのように回答をした後に、列車があと一分ほどでこのプラットホームに到着するという事実が私の脳裏をよぎった。 :「もしかしてマリに行くの?どんなチケットを持ってるか見せてくれない?」 友人A:「このチケットだよ」 友人B:「同じくこのチケット」 :「このチケットのデザインは本当にお洒落だよね」 二人の友人は親切にも私にチケットを手渡してくれ、二人のチケットを手に持ちながら私は会話を続けた。この背景には、一分間時間を使い、プラットホームに列車が到着した瞬間に、片方のチケットを自分が持っておけば、無事に列車に乗れる、という意図があったのは言うまでもない。 プラットホームに列車が到着する旨を伝える放送が流れた。ヘッドライトが黄色く光っている列車の姿を確認した瞬間、突然、一人の男性が線路に転落した。

私たち三人は、その光景を目にして驚いたが、線路に転落した男性は列車のチケットを持っていたため、列車にひかれることなく、車内に吸い込まれていった。それを見て、私たち三人は大きな安堵感に包まれた。

安堵感に包まれている最中、一方のチケットを一人の友人に返し、もう一方の友人には二万円を渡した。それと全く同じタイミングで、プラットホームに到着した列車の方に私は吸い込まれていった。 友人B:「えっ、ちょっと〜」 :「ごめん、その二万円でチケットを買い直して。差額の一万円はいらないから」 この列車に乗る予定の一人の友人は列車に乗ることができなかったが、私がチケット代金のお釣りはいらないことを述べると、その友人は「利益」という概念を顔から滲ませる笑顔で私たちを見送ってくれた。そこで夢の場面が変わった。 今朝のフローニンゲンの天気はあまり優れない。今はまだ雨は降っていないが、昼前から小雨が降るようである。

今日はランニングに出かける予定だったが、計画を少し変更する必要があるかもしれない。2017/9/28(木)07:36

No.242: A Friday A Friday passed by, and another Friday will come next week.

It is a facetious fact, isn’t it? Yes, it is.

Even though we have different experience on Friday, we simply categorize the day into “Friday” in the form of an arithmetical progression.

I am seriously thinking right now about why I categorize today and the day seven days later into the same term “Friday,” even if I have qualitatively different experience.

I want an existential definition of Friday if I call a day so. 19:38, Friday, 9/29/2017

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