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1590. 過ぎ去る日々と作曲実践の気づきより

October 7, 2017

早いもので今日も一日が終わりに差し掛かっている。今日は一日中書斎にこもって仕事に取り組んでいたように思う。

 

いくつかの日系企業との協働プロジェクトの準備やフローニンゲン大学での学術研究を並行していると、一日があっという間に過ぎ去っていく。

 

実務の仕事と研究の仕事に日々が彩られているが、自分の中に絶えず維持している余白のおかげもあり、一日が終わりに差し掛かっている今においても、心身の状態が早朝の起床時とほぼ変わらない。これはかなり驚くべきことである。

 

ここから就寝に向けて、履修しているコースの課題を少しばかり先に進め、それに切りがついたところで作曲実践に移りたいと思う。それにしても、作曲実践を始めてから、随分と自分の生活の質が変わったように思える。

 

それは余白の話とも関係しており、作曲実践に従事することは、まさに自分の内側で余白を育むことにつながっている。平日のほとんどの日は、就寝前の一時間ぐらいしか作曲実践に充てることができないことが多い。

 

しかし、それでも毎日その実践に従事することによって、作曲の技術が徐々に深まっていくことを実感するのみならず、生活の質そのものが豊かになっていることを実感する。これはまさに作曲実践の恩恵だと思う。

 

そういえば、少し前に、作曲に関してとても当たり前に思えるようなことに気づいた。基本的に私はピアノ演奏のための曲しか作る気はなく、それを意識して日々作曲実践を進めている。

 

しかし、ピアノの演奏経験が全くない私にとって、この間少しばかり素朴なことに気づいた。そういえば、ピアノというのは、基本的には二つの手を持つ人間が演奏することを想定しており、その手の届く範囲の音を配置して作曲する必要があるということに気づいたのである。

 

つまり、人間が弾けない曲を作らないようにしようという意識が芽生えたのである。もちろん、現代は人間でなくても機械によって音を出すことが可能であるため、人間の手の構造上の限界を意識することなく曲を作ってもいいのかもしれないが、当面は人が演奏できる曲を生み出したいと思う。

 

人間が演奏できる範囲で生み出される曲の可能性を最大限に引き出せば、それは、機械にしか演奏できない曲が表現可能なことに劣らないように思えるのだ。そうした観点において、人が演奏することのできる曲を作り、その可能性を大いに探究したいと思う。


もう一つの気づきとしては、曲の中に文章の句読点のようなものがあるということだ。言い換えれば、文章にも息継ぎが必要なように、曲にも息継ぎが必要だということに気づかされた経験をした。

 

自分が作った曲がどうも間延びしている感じがしていたのは、曲が呼吸をするための地点を設けなかったことと関係していると思ったのだ。文章の執筆と作曲は多分に似たような特徴を持っているため、文章の執筆実践に喩えながら、今後も作曲実践をより豊かなものにしていきたいと思う。

 

当たり前のように思えることを、一つ一つ体験を通じて気づいていくプロセスは、何とも言えない充実感を私にもたらす。これは、何かを学ぶことの醍醐味の一つだろう。2017/9/26(火)19:50
 

No.235: Searching For a New Existential Semantics
A piece of work by Stanton Lanier soothes my feelings.

 

Quiet interestingly, I tried to include “emotions” in the previous sentence, but I realized that the word completely violated my intention to express what I was feeling right now. 

 

I am very curious about how native English speakers distinguish between feelings and emotions not at a linguistic level but at an existential level. 

 

Furthermore, I am also intrigued by what the unique quality of “senses” to discern it from feelings and emotions is. 

 

I need to build my own existential semantics to articulate the difference between the three. 

 

I cannot feel any emotions right now but I can feel my feelings at this moment; “feeling——to feel——feelings” is linguistically interesting, but the sentence is existentially too serious to me… 13:21, Wednesday, 9/27/2017

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