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1580. つまらない文章と思考と感覚が萎縮した人々


今日の目覚めは普段よりも遅かったが、午前中に取り掛かりたいと思っているのは、明日に参加する二つのクラスで取り上げられる論文と専門書の該当箇所を読み返すことである。

今学期に履修しているコースは三つだが、クラスが行われる前日には、そのクラスで取り上げられる論文と専門書を読み返すことが習慣になっている。この習慣のおかげもあり、クラスに参加する前には三回目の読みが完了している。

自らの性格が反映されるのであろうか、クラスが終わったその日に再び簡単に文献を読み返すということをしつこく行う自分がいる。愚直にしつこく繰り返すことが、自分の知識体系を確固たるものにすることにどれだけ有益かわからない。

日記を少し書き留めた後に、今日の午前中に取り掛かるのは、まさにそうしたしつこい再読である。逆に言えば、こうした反復がなければ、何かが自分の身になることはないだろう。

再読のたびに、自分の内側に、知識の通った跡が確かに存在していると知覚されるのは面白い。内側に刻み込まれた知識というのは、それほどまでに可視的なものなのだと思う。

おそらく、このようにして獲得された知識は、文章を書く際や話す際に自ずと滲み出てくるものになるだろう。一方で、そのようにして獲得されなかった知識は、浅薄さの衣をまとった形で外側に顕現するだろう。そのようなことを思う。 日曜日の朝を開始するためにコーヒーを入れようと思った矢先、つまらない文章について考えていた。人に読まれる文章というのは、徹頭徹尾、人に読んでもらうために書かれなければならない。

これはとても当たり前なことなのだが、どうもこの当たり前さを取り違えると、つまらない文章が出来上がるのではないかと考えていた。これは私自身も過去にずっと経験していたことだが、人に読んでもらうために書いた文章がなぜだかとてもつまらないのだ。

自分で読んでいてもつまらないし、下手をすると書いている最中からそのような気分が出てくる。しかし、そうした感情を、ある意味隠蔽しながら文章を書くことが長く続いていたように思う。

ここで私自身が面白いと感じる文章について思いを馳せていると、こちらを引き込む文章の書き手はことごとく、確かに読み手を意識していながらも、その意識に過度に捕まることなく、普遍的な事柄を個人的な考えや感覚を基に文章の形にしていくことができていることに気づいた。

要するに、文章の素材は極めて主観的に生み出されたものでありながらも、その主観性を普遍性にまで昇華する洞察力を発揮し、昇華された普遍的な事柄が内包された文章は、読んでいてとても面白く感じるのだ。

つまらない文章の書き手はおそらく、客観性を確保するという誘惑に飲まれ、客観的にあろうとするあまり、実は自分にとって大切な主観的な事柄を文章に盛り込めなくなってしまうことが多々あるのでははないかと思う。

人に読んでもらおうと思って文章を書こうと身構えた瞬間、大切な主観的な思考や感覚が萎縮してしまうのだ。萎縮してしまった文章はつまらない。ことごとくつまらない。

究極的には、人に読まれるか否かなどはもはや関係なく、主観的な事柄が普遍性に至る過程を歩んでいるかどうかが重要に思えてくる。そうした過程を歩むためには、ここでもう一度、自分の純粋な思考や感覚に立ち返る必要があるだろう。

現代に生きる大多数の人々は、自らの思考や感覚が萎縮しすぎているのではないだろうか。2017/9/24(日)08:43

No.226: Importance of Melodies I obtained several essential hints about music composition from my friend who is a pianist.

She gave me new perspectives of how to arrange past masterpieces and how to create unique works.

On the basis of her advice, I decided to seek for my ways to create unique melodies.

Keeping track of inspirational motifs and themes in previous masterpieces would be beneficial practice for creating my melodies. 21:47, Sunday, 9/24/2017

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