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1569. 人間発達や教育に携わる怠惰かつ自閉的な学者と実務家


今日は午前中に、実証的教育学に関する論文を三本ほど読んだ。以前に言及したように、今学期は、履修しているコースで取り上げられる専門書と論文に焦点を当て、できるだけそれら以外の文献を読まないようにしていた。

だが、今朝は一冊ほど哲学書を読んでいる自分がいた。その書籍は、以前から関心を持ち続けている教育哲学に関する内容ではなく、哲学上の古典的なテーマを扱った内容だ。

午前中に読んでいた論文とこの哲学書が引き金となり、昨日考えていたことの続きを考え始めていた。それは、科学論文や哲学論文の持つ意義に関する問題である。

私は時に、科学論文や哲学論文の価値に疑問を持つことがある。その背景には、昨日言及したように、それらの論文が限られた人にしか読まれないという問題がある。

科学論文や哲学論文は、確かにその領域に新たな知見を加えることが大事な役割の一つだろう。しかし、科学にせよ、哲学にせよ、それらの探究で得られた知見がこの具体的な社会の中に還元されていかなければ、どこか非常に虚しい営みのように思えるのは私だけだろうか。

今朝読んでいた論文の中で、教育研究と教育実践の間に大きな溝がある問題が指摘されていた。その問題の根幹には、教育研究の知見が、専門家以外の人間には読みづらい言語と体裁によって論文としてまとめられ、さらにはそうした論文が掲載されているジャーナルは、ほとんどの教育実務家に知られていないことが指摘されていた。

これはとても大きな問題のように思える。自分について振り返ってみた時に、今から四年前、私は学術機関に属することなく実務と研究を進めていた。

学術論文を参照しようと思った際に、多くのジャーナルはアクセス権が有料であり、下手をすると一本の論文が巷で売られている書籍と同じぐらいの値段で課金されていることがよくあった。

確かに、インターネットの世界にはPDFで無料で読める論文が数多く存在しているが、実際にはそれらは科学的な知の氷山の一角にすぎない。多くの論文は依然として、一般の人の目に止まらない形で存在しているというのが実情だ。

人間発達や教育に関する科学論文や哲学論文は、実務の世界の人間に読まれ、それらの知見が実践に活用されてこそ価値を有すると思うのだ。しかし現状は、それらの論文の存在は実務の世界の人間に知られることはほとんどなく、仮に知られたとしても、論文を構成する言語と体裁が実務家を寄せ付けないような特徴を持ってしまっている。

人間発達や教育に関して探究を進める学者は、一体何を目的に研究を進めているのだろうか。現代の学術世界にはびこる悪しき文化の一つは、実務家にその存在すら知られていないが、学者の間では名の通ったジャーナルにいかに多くの論文を載せるかが、学者としての評価を決定する仕組みが採用されてしまっていることだろう。

つまり、現代の学術世界は、評価の仕組みに関して、いかに多くの金銭を獲得するかが賞賛される金融資本主義の経済世界とほぼ同じ特徴を持っているように思えてしかない。こうした悪しき文化は、学者が実務家の存在を考慮することなく、専門家だけに共有される、閉じられた論文を執筆する意欲を掻き立てる温床となっているのではないだろうか。

学術の世界と実務の世界を架橋することは、口で言うほど簡単ではないが、とりわけ人間発達や教育の領域では、早急にそれをしなければならない状況に私たちは置かれているように思う。それらの領域にいる学者も実務家も、あまりに怠惰であり、自閉的すぎるのではないだろうか。2017/9/21(木)12:52

No.215: Importance of Blank Space for Our Learning and Development I got up at five o’clock and started today’s work at 5:30.

I can feel rigorous but silent vitality within me that would propel today’s work in a desirable way.

“Spacing” is a key concept and practice in my second year in Groningen. To deconstruct the propensity to work hard, which probably derives from the national character of Japan, is inevitable if I deepen myself.

It is important not only to cultivate my existence but also to construct my knowledge system. Learning and development should be done with ample blank space.

It can generate enough room to foster our learning and development. The blank space might look empty, but it actually embraces fullness to support our learning and development. 06:48, Saturday, 9/23/2017

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