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1548. 直接的な師・間接的な師を求めて


早朝目覚める直前に、額の中心を閃光が貫いた。それは、少しばかり黄色がかっているかのような白い光だった。

その光が、自分の額の中心を貫いたのを知覚した瞬間に目を覚ました。昨夜は作曲実践をしている時にふと、正統な作曲教育を受けることなく作曲家として活動を続けた人物に思いを馳せていた。

このテーマについて考えるとき、私の中でやはり真っ先に思い浮かぶのは、ロシアの作曲家アレクサンドル・ボロディンだ。ボロディンとの出会いについては以前に書き留めていたように、彼は私に大きな励ましをもたらす存在である。

化学者としての仕事においても大きな功績を残しながら、作曲家としても偉大な仕事を残していったボロディンは、私にとって大きな指針となる。ボロディンは、ロシアの作曲家ミリイ・バラキレフに出会うまでは作曲の正統的な教育を一度も受けたことはなかった。

また、ボロディンが作曲を志した年齢は、私が作曲を志した年齢とほぼ同じであることも、私がボロディンに惹かれる理由の一つである。ボロディンがどのように作曲技術を磨いていったのかのプロセスに強い関心がある。

もっとも重要な点は、自分の内側に作曲への強い衝動があり、その衝動を形にするための指導者がいたということだろう。ボロディンにとってはバラキレフであり、ボロディンはバラキレフという師につきながら作品という具体的な形を生み出す過程の中で、作曲の技術を徐々に磨いていったのだろう。

今の私は、作曲を直接的に学べる師がいない。現代社会の技術的進歩によって、今はオンラインを通じて作曲を学ぶことができる環境があるが、やはり直接的に師と呼べる人物から教えを授かることは重要であるように思える。

師の探索と選定は誰にとっても大きな課題だろう。私もこの課題に直面している。今の私が置かれている環境を考えると、ある作曲家に直接的に師事をすることは現実的ではない。

そうなってくると、直接的な指導者がいないままに、いかに作曲技術を磨いていくかという課題に突き当たる。師がいないことの問題点は、やはり技術の進展を確認し、その進展に応じた支援を得られないことだろう。

その結果、結局技術が一向に向上しないことや技術がいびつな形で発達してしまうことが起こりうる。こうした問題を回避しながら、いかに直接的な指導者なしに作曲技術を磨いていくかは、今の私が直面している大きな課題だ。

おそらく、いつか私は正式な形で作曲家に師事することになるかもしれない。しかし、そのいつかは不明確であり、それまでの期間において、いかに自らで作曲技術を磨いていくかを真剣に考えなければならない。

直接的な指導者がいないのであれば、間接的な指導者を複数持っておくということは一つ有効な手段かもしれない。現在繰り返し視聴している、シンガポール国立大学の作曲講座の担当教授は、私にとって極めて大切な間接的な指導者だ。

さらには、作曲家が執筆した優れた作曲教本もまた間接的な指導者だと言える。そして、過去の偉大な作曲家の楽譜もまた間接的な指導者だと言えるだろう。

そして、最後に取り上げた間接的な指導者は、もしかすると直接的な指導者以上に重要な事柄を伝えてくれるかもしれない。楽譜が訴えかけてくるものや伝えようとしているものを深く汲み取れるようになるためには、今後も継続して音楽理論を学習し、実際に楽譜を読み解く実践を継続させていく必要があるだろう。

さらには、作曲者自身がどのように生きたのかということを理解するための文献を読んでいくことも大切になるだろう。今は、このように間接的な指導者から学べるだけのことを学ぶという姿勢を持ちたいと思う。

作曲実践に関して当面の自分がなすべきことは、現在履修している作曲講座の内容を完全に咀嚼し、それが自分の作曲実践の中に具現化させるほどまでに繰り返し視聴し、過去の偉大な作曲家が残した楽譜を読み解き、それを範にして自らの作曲実践を進めていくことだろう。2017/9/15(金)

No.194: Self-Regulated Learning After the class, I have still pondering what I learned today.

I can effortlessly enumerate key points in the lecture, but I need to prioritize a couple of points. First of all, I think I have to reconsider my self-regulated learning process.

Self-regulated learning mainly consists of acquisition, retention, and retrieval of knowledge. As I reflected upon myself in the morning, I need to stop just acquiring knowledge without giving enough space to digest it.

Furthermore, I should monitor regularly the retention rate of my memory. Without self-evaluation, I would be lost in tons of undigested knowledge.

In sum, I suggest myself and others not to cram information without enough space. Also, I recommend to perform regular monitoring and self-evaluation of how much we can restore and retrieve the information that we learned.

It can be a well-known fact, but we often forget it when we learn something. 11:40, 9/18/2017

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