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1518. 不思議な錯覚と自由自在な作曲の境地に向けて


今朝のフローニンゲンは肌寒く、室内にいても足元から冷える。まだ九月に入ったばかりだというのに、今朝は暖房をつけてもいいぐらいの寒さである。

起床直後に空を覆っていた黒々とした雨雲は姿を消し、今は晴れ間が広がり始めている。今日は午前中に集中的に文献を読み、午後からは大学のキャンパスに足を運び、25本ほど必要な論文を印刷する。 昨日の昼、昼食後に仮眠を取っている最中に不思議な体験をした。毎日昼食を摂ってから一時間ほど経った後に20分ほどの仮眠を取るようにしている。

仮眠の時間も仮眠中の姿勢もいつも全く同じであり、この習慣が長年続いている。昨日の仮眠の最中に、意識が夢を見ない深い意識状態に落ちていき、15分ほど経った頃に再び意識が戻った。

その時に、「朝が来た」と思った。実際には、意識が戻った時刻は午後の時間帯なのだが、なぜか私は時間感覚を混同しており、朝が来たと錯覚していたのだ。

とてもたわいのない現象なのだが、なぜだかそれがすごく興味深い体験として自分に知覚された。思うに、夢を見ない深い意識状態に短いながらでも参入することができれば、そこでは深い体験が自分の気づかないところで起こっているのではないか。例えば、身体や精神の治癒や変容などである。

昨日も経った20分の間に、そうした意識状態に参入することができ、それが自分に深い治癒をもたらしていたようなのだ。そのため、わずか20分——実際には15分——の時間が、普段の七時間半ほどの睡眠と同等のものに感じられたのだ。だから私は朝が来たと錯覚したのだろう。

昨日も試行錯誤をしながら作曲実践を行っていた。この試行錯誤の過程が学習には大事であり、自分の頭と手を使ってあれこれと考えながら学習を進めていかなければ、知識と技術を真に我が物にすることなどできないだろう。

これまで何度か言及しているように、作曲に関しては、その場で瞬間瞬間に起こる内的現象を、まるでスケッチするかのような速度で曲にしたいという思いがある。それは速度だけではなく、正確かつ精密である必要がある。

例えば、ある人と出会った時に、その人と数分ほど話をし、五感を通じて得られた情報と言語情報から一曲を即座にその場で生み出せるようにしたい。先日に訪れたオスロの中心街の路頭で似顔絵を描く人を見た時に、あのように、その場で曲を即興的に生み出せるようになりたいと強く思った。

それは即興的であり、感覚的なのだが、その背後には精密な理論に裏打ちされた緻密な方法論がなければならない。今はその方法論を習得している時期であり、この時期がどれほど長く険しいものであるか皆目見当がつかないが、そうであってもこの時期を必ず乗り越えて、自由自在な作曲の境地に入りたいと思う。

今日の作曲実践もそこに向けたかけがえのない一歩となるだろう。2017/9/7(木)

No.164: Pathological Collective Shadow Again and again, and again and again. I will continue to shout for the modern society.

The collective shadow in our society is tremendously huge and desperately pathological. It is like a fathomless nightmare.

Why do we give in the shadow? Why don’t we confront and heal it?

We need to shed light on the shadow, re-own it, and transform it. In order to do so, we definitely need our voices that arise from the depth of our existence. Sunday, 9/10/2017

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