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1490. 科学者・哲学者・作曲家として生きること


今日は午前中に激しい雨が降り、買い物に行くのをやめようと思ったが、昼食前にちょうど雨が止んだため、四日分の食料を買いに近くのスーパーへ足を運んだ。学術研究と作曲実践を並行して行う毎日が、これまでにないほどに充実したものとなっている。

楽しさを超えた楽しさ、喜びを超えた喜びが自分の内側に波のように押し寄せる。以前、私が師事をしていたオットー・ラスキー博士に作曲を始めたことを伝えると、非常に喜んでくれていた。

というのも、ラスキー博士自身がピアニストであり、なおかつ認知音楽学の学者でもあったからだ。ラスキー博士が私に伝えたメッセージの要旨はとてもシンプルであり、「音楽は人生を豊かにする。これからも継続して音楽に触れると良い」というものだった。

思えば、ラスキー博士は人間発達の研究のみならず、音楽の創作や詩の創作、そしてデジタルアートの創作など、芸術活動にも生涯を通じて打ち込み続けていることに気づく。

また、私が最大の敬意を払っている、フローニンゲン大学に在籍する発達科学者のポール・ヴァン・ギアート教授も、科学論文をキャリアの最後まで執筆し続けることに並行して、画家としても絵画作品を数多く残し続けていた。

科学者として、200本を超える査読付き論文を執筆し、それに並行してあれだけ優れた絵画作品を数多く残すことが可能なのだ。学術研究と芸術活動の二つに深く従事し、両方の分野において傑出した仕事を残すことは十分に可能だということを二人は私に教えてくれた。

これがどれだけ大きな励ましになったことだろうか。昨夜消灯後、ベッドの脇に置いているメモを突然取り出し、和訳すれば「自分は科学者・哲学者・作曲家として最後まで生きる」という走り書きを残していた。

このような生き方は全く馬鹿げたことではなく、そうした生き方が可能であることをラスキー博士やヴァン・ギアート教授などから直接身を持って学んだように思う。現代社会においては、真善美の探究に関して、どれか一つの領域の探究に偏りがちであるが、自分にはそれができないことを知る。

欧州で生活を始めて以降、なおさらそのような生き方ができないと痛感し始めたのだ。昨夜の就寝時に書き残したメモを見ると、三つの領域は相互に影響を与え合っているため明確な区分はできないが、どうやら自分は、作曲家として美の領域を探究し、哲学者として善の領域を探究し、科学者として真の領域を探究する強靭な意志があるようだ。

そして、それら三つの領域の探究を並行させる形で、それら三つの職業と領域を一つの統合体とするように生涯を捧げよう、という力強いメモが書き残されていた。一つ一つの領域の探究にどれだけ時間がかかっても構わない。

ただし、それら三つの全てを探究し続けるということだけを自分に誓いたい。夜は明るく、明日はとても明るい。2017/8/30(水)

No.136: The Arrival of a MIDI Keyboard I completed an introduction course of music theory. It was very beneficial to establish my basic knowledge foundation of music theory.

Learning without practice exacerbates the progress of constructing knowledge. Thus, I always use my MIDI keyboard whenever I learn a concept or theory of music.

By the way, when I got the keyboard two days ago, I felt jubilation as if a child opened a Christmas present. My life will be replete with colorful music everyday. Sunday, 9/3/2017

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