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1476. フランツ・シューベルトとの対話へ向けて


昨夜、全ての仕事を終え、作曲の学習と実践に取り掛かっていた。時間としてはごくわずかであったが、毎日何かしら作曲に関することに取り組みたいという思いから、短い時間でもいいので音楽と向き合っていた。

すると突然、フランツ・シューベルトが残した曲とシューベルトその人自身に憑依されたような感覚があった。シューベルトは31歳という若さでこの世を去りながらも、その短い作曲家人生の中で膨大な数の曲を残している。

このよく知られたたった一つの事実が、私を根底から突き動かそうとしていた。シューベルトは作曲家としてなぜあれほど多産であったのか、何が彼を膨大な作曲活動に向かわせたのかということを含め、シューベルトに対する異様な関心が吹き上げてきた。

この春にウィーンを訪れた時、私はシューベルト記念館に足を運んだ。その時点においても、シューベルトの生涯と彼が残した数々の曲には関心があった。

しかし、昨夜吹き荒れたシューベルトに対する関心は、その当時の比ではなかった。どうしてもシューベルトと対話をしたいという思いがこみ上げてきた。

そうした思いを抑えることができず、どうすれば彼と対話をすることができるのかを考えた時、一つの、そして最良の手段は彼が残した楽譜を通じての対話しかなかった。今から200年近くも前にこの世を去った作曲家と時空を超えた対話をするためには、シューベルトが残した楽譜と向き合うしかないと思った。

今はまだ見えないことが多すぎる。ただ、人が書き残す文章と同じく、作曲家が書き残した楽譜には、その人の全てが込められているに違いない。そんな思いが彼が書き残した楽譜に私を向かわせる。

シューベルトは全部で21曲のピアノソナタを残した。これまで楽譜を購入していた出版社からシューベルトのピアノソナタの楽譜が出版されていないことは残念だったが、探してみるとその他の出版社から楽譜が出版されていることがわかった。

それを購入し、シューベルトとの対話を少しずつ始めていきたいと思う。シューベルト記念館にひっそりと飾られていたあのメガネ。そう、それはシューベルトが頭に浮かんだメロディーをすぐさま楽譜に起こすことができるように、就寝時にも外さなかったと言われる愛用のニッケル製のメガネである。

絶えず音楽を生み出すことを宿命づけられ、いかなる時にも作曲活動に従事し続けたシューベルトに帰依し、逆に憑依されることの中で自らの仕事に取り組みたいという気持ちを新たに持った。

早朝のフローニンゲンの青空は、澄み渡る今の自分の気持ちを代弁している。これから昇ろうとする朝日は、今日ここから再度歩みを進めていこうとする自分の情熱を表しているように思えた。2017/8/27(日)

No.122: Contradictory Vectors of Development The path of our development leads to coming back to ourselves.

Our developmental process has two meanings: One is going further, and the other is coming back. The contradictory two vectors are the marrow of development.

However, note that returning back to ourselves is not retrogression but involution for evolution. Presumably, it is called “anamnesis” or “remember” by ancient Greek philosophers. Thursday, 8/31/2017

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