1418.【北欧旅行記】オスロに向かって


スウェーデンの西岸の街ルンドからオスロへのバス旅行もあと少しとなった。合計で六時間ほどのバスの移動であったが、思っていた以上に快適だった。

ちょうど三時間が経った頃、ノルウェーの国境に近いスウェーデンの街ヨーテボリでバスの運転手が交代となり、そこで20分ほどの休憩を取ることができた。こうした休憩があったおかげか、エマーソンの全集を読んだり、文書を書いたりしているうちに時間が自然と経過していった。

スウェーデンからノルウェーに近くづくにつれ、景色が少しずつ変わっていった。高速道路の左手に入江のような湾を時々眺めることができる。前方に座っている男性の乗客がそのたびごとに写真を撮影している。

湾の表面が太陽光で輝き、その反射光が取り囲む針葉樹の海に吸い込まれていくかのようだ。オスロまで残り一時間ほどとなった。

先ほど15分ほど仮眠を取っている時、意識が完全に夢を見ないコーザル意識の中に参入した。自分の意識がまるでノルウェーの大地に溶け込んでいくかのようだった。

全く姿形のないコーザル意識にいる間、自己意識が完全に滅却していた。そこから夢を見るサトル意識に移動すると、自分が夢見の意識状態にいることがなんとなくわかり、昼寝の目覚ましとして設定しているバッハの楽曲が携帯から鳴り始めた。

この曲はサトル意識と覚醒時のグロス意識の架け橋の役割を果たしており、先ほども意識状態の移行が随分と速やかに行われた。再度目を覚ましてエマーソンの全集の続きを読むことにした。

バスの中でも読みに読み、書きに書くということを行っている自分に気づいた時、これは案外普通のことであることに気づいた。というのも、空席を挟み二つ前の席に座っているイタリア人らしき三人の女性が、ルンドからオスロに移動する最中ずっと話し続けている姿を目にしていたからだ。

二十歳ぐらいの娘、四十代後半の母、六十代半ばの祖母の三人の女性たちが、「沈黙」という概念がこの世界に存在しないかのように、喋りに喋っている。特に、母と祖母が大きな声でしゃべり続けている姿は圧巻である。

話すネタに尽きないことも驚くし、その勢いが全く落ちることもないことにも驚く。祖母が時々面白いことを述べているのだろうか、二十歳ぐらいの娘がケラケラと笑いだす。

他の乗客たちはいたって静かであり、この三人の女性の声がバスの中に響き渡る。不思議なことに、彼女たちの声は煩わしいというわけでは全くなく、むしろ程よい環境音となっているようだった。

バスの車窓から広がる景色の雄大さを眺めていると、心まで大きくなるかのようであり、彼女たちの声が気になることはそれほどないのかもしれない。人の心を大きく豊かにする自然の力はやはり偉大だ。2017/8/10(木)

No.63: Birth and Death All of us celebrate the birth of a new life, but why don’t we appreciate the death of a life?

People tend to regard birth as miracle, whereas they are likely to consider death as abominable. It is true that the creation of a new life is miracle, but death can be also miracle in that it is inevitable. Friday, 8/18/2017

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