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1382. 自己の不動点と日記文学と随筆について

August 16, 2017

昨年の今日、私はオランダのフローニンゲンの地に着いた。まさに去年の今日から新しい生活が始まったのだ。

 

フローニンゲンでの生活の初日に起こった様々なことを今となっては懐かしく思い出すことができる。あれから一年が経ち、自分の中で随分変わったと思われることがある一方で、変わらずにあり続けているものがあることに気づく。

 

興味深いのは、変わっていくものは絶えず深まっていくものと関係しており、自己の深まりとともに、自分の中の不動点が徐々に姿を現してくるかのようなのだ。自己の不動点。それはまさに、自己を究極的に深めていった末に残る存在の香りのようなものである。

 

それこそが自己の究極的な個性と呼べるものなのではないだろうか。個性というのはある意味で所与でありながら、別の意味において所与ではない。

 

つまり、確かに個性というのは生まれつきその人に備わった唯一の特性なのだが、それが完全にこの世界に顕現するためには自己の深まりが必要なのである。一年前の今日から現在の今日にかけて、私はどれだけ自己を深めることができたのだろうか。

 

目には見えない微細なものであったとしても、わずかばかり自己が深まったと言うことができれば幸いだ。それが幸いなのは、自己の深まりが究極的な自己の唯一性を発見することにつながるからであり、そうした真の個性を通じて生きることは、自分の生に充実感と幸福感をもたらすからである。

 

今の私がそれらの大切な感情を抱きながら生活を営むことができているのを見るにつけ、私は少しばかり自己の唯一性を見出しつつあると言えるだろうし、であるがゆえに自己が少しばかり深まったと言えるのではないかと考える。

 

早朝のフローニンゲンの空は、優しい青色と白色で塗られている。自分の心が静謐な感じがする。心身ともに申し分のない状態である。

 

今日は午前中に、再読のものも含めて12本ほどの論文を読みたい。そうすれば、いよいよ書斎の机の上から論文の山が消える。

 

消えた論文の山は、内側の体系の土台となり、将来に生まれ出てくる山の一部になるだろう。明日以降からは、20冊ほどの未読の専門書に取り掛かりたい。

 

そこからは既に一読済みの論文と専門書を再読することに時間を充てたい。論文に関しては、ポール・ヴァン・ギアートのものをとりわけ注意深く読み込んでいく。

昨夜、ふとしたきっかけに「日記文学」というキーワードであれこれ調べ物をしていた。すると、日記文学というのは日本古来から伝わるものであり、特に平安時代以降から栄えた芸術分野であることがわかった。

 

例えば、紀貫之の『土佐日記』を筆頭に、紫式部の『紫式部日記』や和泉式部の『和泉式部日記』などが挙げられる。純粋な日記形式ではなく、随筆形式のものも含めれば、清少納言の『枕草子』も平安時代に書かれたものだ。

 

当時の貴族達が私的な事柄を日記として書き留めることに端を発して、女性の執筆家の貢献によって発展を遂げたのが日記文学である。上記に取り上げたもの以外にも、『蜻蛉日記』や『更級日記』も重要な作品である。

 

今でもこれらの作品が読み継がれ、それが今日の文学に与える影響は多大なものであるがゆえに、日記文学というのも一つの芸術領域なのだとふと思う。「日記も芸術になり得る」ということは、今の私にとってとても大きな意味を持つ気づきのように思われた。

 

また、上記でも簡単に触れたが、随筆というのも一つの芸術領域なのではないだろうか、という思いが湧き上がる。清少納言の『枕草子』をはじめとして、鴨長明の『方丈記』や吉田兼好の『徒然草』も類稀な随筆作品だろう。

 

さらに時代を下ると、本居宣長の『玉勝間』や新井白石の『折たく柴の記』は随筆作品だということに気づかされた。確かに私は、学術論文を執筆することを仕事にしたいと強く思っているのだが、日々の生活の中で、日記や随筆のような文章を書くことも今後継続させていきたいと強く思っていた。

 

そうした思いを持っている折に、日記や随筆が芸術にまで高められるという可能性を見出したことは、非常に大きな意味を持つことであった。一日一日を生きる充実感と幸福感がまた深いものになっていくような気がしている。

 

日記や随筆が芸術にまで昇華されるのであれば、一人の人間が真に生きることは、もはや芸術だと言えるのかもしれない。2017/8/2(水)

 

No.27: To Northern Europe
I packed a bag for travel to Northern Europe. This trip will be a catalyst to cultivate my inner world. 

 

Danish culture and Norwegian nature will nurture my thoughts and feelings, which can lead to the maturation of my existence. 

 

However, I have to notice that the spirit is beyond the matter of maturation. I expect what I will encounter in Denmark and Norway. Monday, 8/7/2017

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