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1358. 微風駆け抜ける世界の中で


ちぎれ雲がゆっくりと空を移動している。雲の向こう側には早朝の青空が少しばかり顔を覗かせる。

小さな鳥が羽を小刻みに動かしながら東の方角へ飛び去っていった。遠くの空に見える雲の頭の部分が、朝日に照らされて白く輝いている。

「そうだったのか」という声が思わず漏れる。地上からその雲を眺めると、それは灰色に見えた。しかし、ひとたびそれに光が当てられると白く輝いて見えるのだ。

光が当たらない時の雲は少しばかりどんよりとした灰色を放ち、光が当たっている時のそれは白く美しく輝く。果たしてどちらが雲の本質的な色を表しているのだろうか。

おそらくそのどちらもが雲の本質的な色を示しているにちがいない。雲も光と影を持つのだ。この点は人間も同じだ。

光を浴びながら動く雲、光が当たらない時でも動く雲は、励ましを少しばかり私に与えた。光の時代の最中に、自らの進むべき方向に足を進めるだけではならない。

影の時代の最中であったとしても、自らの進むべき方向に足を進めていくこと。これが大切だ。

影の時代にあっても進む雲を見守っている自分が今この瞬間にいるように、影の時代にあっても進む自分を見守る存在が必ずいる。少なくとも、今、影の時代の日々を毎日歩んでいる自分を、私は常に見守り続けている。

最後の最後の日が来るまで、私は自分を見守り続けたいと思う。自らが自己の守護を務めるからこそ、自分が自分を絶えず見守っているからこそ、私は毎日の一歩を進めているような気がするのだ。

微風が早朝の世界を駆け抜ける。あのように世界を颯爽と駆け抜けることができたら、どれほど爽快だろうか。そして、どれほど先へ進めるだろうか。だが、私は一歩一歩しか進めない。

世界を駆け抜けていく微風になることを望んではならない。微風と共に、この世界を自らの足で一歩一歩進むことが何よりも大切なのだ。

グレン・グールドの演奏するバッハのゴルトベルク変奏曲が書斎の中に溶け出している。アリアが生み出す静かに進行していく音の流れ。

遠くの空をただただ眺める。肉厚感のある入道雲が朝日に照らされる姿はやはり美しい。ゴルドベルク変奏曲第14変奏が、書斎という小宇宙の中を走りに走る。

今日もまた、自分の一歩を進めることができればそれだけでいいのだという気持ち。他の誰でもなく、自分の一歩を進めることができるかどうか。

道のない場所に自らで道を作り、その道の上を自らの足で歩むのだという気概。自らの道の上を自らの足で歩むことができるということは、どれほど幸福なことだろうか。

この幸福感に包まれながら、今日という一日を大切に、そして存分に生きたいと思った。2017/7/28(金)

No.3: After The Endless Deconstructive Reconstruction Process

As Immanuel Kant constructed his magnificent philosophical systems in an architectonic way, I would like to do the same. As Johann Sebastian Bach and Ludwig van Beethoven created their splendid music in a constructive manner, I would like to do the same.

However, a thorny way lies ahead of me. Whereas I do not find a proper approach to tackle this difficulty, all I can do is continue the process of deconstructive reconstruction.

After this endless process, I can finally see my own architecture. Thursday, 8/3/2017

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