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1351. 『風雅集』の近くへ:「人工知能の哲学」の探究へ向けて


真っ赤に輝く朝日が寝室に差し込み、今日という一日を開始させる。サッカー日本代表の能力開発に携わり、主要メンバーの何人かと話をする夢を見た。

特に、「戦術理解能力」と「戦術実行力」に関して話を聞き、それら両者のメンタルモデルをより高度なものにしていく方針を固める。能力開発の担当強化責任者としてだけではなく、代表の試合に自分も出場しているような夢だった。

夢から覚め、朝日を拝むと、今日は予報通りの晴れであることがわかった。昨日は、第二弾の書籍がようやく自分の手元に届き、初めて実物に触れた時の思いや感覚について書き留めていたように思う。

書斎の机の左上の一角は、和書を数冊ほど置くスペースとなっている。その一角に自分の書籍を置き、昨日は何度か自分の書籍を読み返していた。

執筆時の思い出もさることながら、本文の題材となっている出来事の思い出も喚起され、色々と思うことがあった。改めて実物の書籍を手に取り、ページを自分の手でめくることは、やはりPDFの原稿を眺めている時と全く違うものを自分の内側に喚起させてくれた。

自分の書籍を本棚に収納しようとした時、そこでも感慨深いものがあった。自分の書籍を、敬愛する森有正先生、井筒俊彦先生、辻邦生先生の全集と同じ本棚に収納することの畏れ多さと感動の念。

自分の書籍の近くには、辻先生の美学の真髄が込められた『風雅集』が置いてある。なぜかその書籍がとても大きな存在感を放っているように思えた。 今日は午前中に、昨日読みかけていたノーバート・ウィーナーの“The Human Use of Human Beings (1950)”を読み進めたい。残りは半分ほどである。

その後、南アフリカの哲学者ポール・シリアーズが執筆した“Complexity & Postmodernism: Understanding Complex Systems (1998)”を読み進めたい。この書籍はタイトルにあるように、複雑性科学とポストモダニズムの思想を取り上げている。

より厳密には、本書はジャック・デリダやジャン=フランソワ・リオタールの思想をもとにして、複雑性科学の発想を探求する内容になっている。ここ最近は、複雑性科学の中でもダイナミックシステム理論や非線形ダイナミクスに関する方法論的な論文を読むことが続いていたため、哲学的に複雑性科学を捉え直す試みをしたいと思うようになっていた。

方法論的な理解と哲学的な理解を螺旋状に深めていくという探究方法を、私は自然と採用しているようだ。午前中は、まずこの二冊に取り組みたい。 科学と哲学を行き来する日々が続き、昨夜はふと、「人工知能の哲学(philosophy of artificial intelligence)」に関心が向かった。むしろ、当該領域を探究する必要性に突然襲われた、と言っても過言ではない。

以前に少しばかり人工知能の話題に触れていたが、その時よりも明確に人工知能の哲学という分野を自分なりに開拓していこうと思った。決してコンピューターサイエンス的に人工知能と関わるのではなく、あくまでも哲学を通して人工知能と関わるあり方を徐々に構築していきたいと思う。

先日購入した人工知能に関する三冊の専門書は、まさに「人工知能の哲学」という分野に括られるものだったのだと改めて気付かされる。当該領域の探究に並行して、「心の哲学(philosophy of mind)」の領域も探究を進めていく必要があるだろう。

自分の仕事の裾野が広がり、多様な領域を少しずつ深めていくことによって、一つの堅牢かつ巨大な体系を構築していきたいと思う。2017/7/26(水)

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