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1350. 発達科学者かつ複雑性科学者としてのパスカル


今日は数本の論文を読み、午後からはサイバネティクスの創始者であるノーバート・ウィーナーの“The Human Use of Human Beings (1950)”を読んでいた。この書籍を読んでいると、現代社会で注目を集めている人工知能に関する議論を進める上での非常に重要な洞察を含んでいることに気づかされた。

コンピューターに目的意思を持たせるという発想やコンピューター自身が学習できることを実現させるという発想は、現在の人工知能を語る上で不可欠なものだろう。本書を読み進める中でその他にも、発達理論の観点から考えてみた時に、ダーウィンの発想に一つ共感するものがあった。

ダーウィンは、ラマルクが抱えていたような「上へ上へ」の上昇的な進化思想を持つのではなく、多方向的な進化のプロセスを自発的な現象であると認め、以前の段階の特性を引き継ぎながら進化が実現されるという発想を持っていた。予定では本書を今日中に読み終えるつもりだったが、少しばかりゆっくりと読み進めようと思ったので、本書を読み終えるのは明日になりそうだ。

夕方、森有正著『デカルトとパスカル』を読んで、一つ喜ばしい大きな発見をした。それは、パスカルが偉大な発達論者であった、ということである。

パスカルは、意味を構築する秩序機能が発展的に深まっていくことを見抜いていた。意味を構築する秩序機能が、低次の段階から高次の段階に深まっていくということを見抜いていただけではなく、高次の段階は低次の段階を包み、低次の段階は高次の段階を支えているという特性も見抜いていたのだ。

パスカルの慧眼はそれらに留まらない。段階が高次のものに至るためには、「自己否定」が不可欠であることを見抜いていたのだ。

「下から上へ行く道は自己否定によるほかは超えることのできない無限の深淵によってへだてられている」というパスカルの指摘がまさにそれを示している。

さらに、意味を構築する秩序機能が高次のものに至るにつれて、質的に全く異なる新しい意味を開示するという点もその通りである。そして最も私を驚かせたのは、パスカルが発達論者としての洞察を持っていただけではなく、複雑性科学の洞察を持っていたことであった。

パスカルは、こうした秩序機能の進展の道は真っ直ぐかつ平坦なものではなく、不断の自己否定を重ねながら進められる非線形的な道であることを見抜いていたのだ。パスカルの存在がまた少し自分に近しいものとなった。

この偉大な哲学者の思想についても、自分自身の存在に即してじっくりと向き合っていきたいと思う。2017/7/25(火)

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