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1339. 人工知能の探究と論文創作について


夕食後、就寝前に向けて、本日最後の仕事に取り掛かる。その前に、私は昨日自分の身体を包んだ、月の引力に導かれた満ち潮が依然として引いていかないような感覚について少しばかり思い出していた。

昨日の夕方からそのような感覚がずっと自分の内側に残っていた。それは言葉の形として外側に出ようとしていることがわかっていたので、なんとか言葉を当てながら、それをあるべき形であるべき場所に生み出そうとしていた。

しかし、その試みは難航し、なかなか思うようにことが運ばなかった。見方によっては、それは言葉を当てる試みの失敗であるが、見方によっては、自分の内側に絶えず外側に出ようとする何か根源的なものがあるということの印でもあった。

私はこの根源的なものを大切にしたい。それが自分の表現活動を支えるものであるし、それが自らを深めていくための養分なのだ。

望むのは、それが枯渇することなく永遠に沸き立つことである。この絶えず沸き立つものに全てを委ね、ただそれをあるべき形であるべき場所に生み出し続けることを試みていくこと。これが何よりも大切である。

人間の知性に関する探究を深めれば深めるほどに、ここ最近の私は、人間の知性が生み出した人工知能について関心を寄せている。人工知能の存在は、現代社会においてとりわけ重要なものであり、それは教育・政治・経済など幅広い領域に関わり、それらの領域を通じた社会実践に関わるものである。

昨日も、今の私が人工知能の探究に向かっているのは社会からの要請である、という考えが湧いていた。それと向き合わざるを得ない状況であり、それと向き合いたいという強い思いを含む状況。

両者の状況の混合物が、人工知能への探究に私を駆り立てる。先日購入した人工知能に関する三冊の専門書は、この探究を始めるためのきっかけである。

ここからさらに本格的に、私は人工知能の探究に乗り出していくだろう。人工知能の探究と関わり方は、コンピューターサイエンティストとしてのものではなく、知性発達科学者としてのものである。 これから一日を締めくくるための仕事して、ピーター・モレナーの二本の論文を読む。どちらも多変量時系列データ解析に関するものである。

それらの論文の概要を読んでいると、私は自分の主題らしきものとようやく本格的に向き合う時期に来ているように思った。「なぜ学術論文を書くのか?」「学術論文とは何か?」という問いとまだ完全に向き合いきれていない自分がいる。

というよりも、まだ一度もそれらの問いと向き合ったことがないと言ってもいいだろう。他の研究者の論文を読むことも必要なのだが、私は自分なりの意味付けをそれらの問いに対して行っていく試みに着手しなければならない。

そして暫定的な意味付けを行い、そこから書くということに関する方法論を確立し、原点に当たるそれらの問いと生涯にわたって向き合っていくことが必要だ。そうでなければ、方法論の進化もありえず、意味の深化も起こらない。

それらが起こらなければ、自分の内面の成熟も起こりえないだろう。とにかく、それらの問いへの現在の自分なりの回答と、そこから論文創作に関する方法論を自分の手で作り上げていかなければならない。

今、私が望むのはそれだけしかない。2017/7/23(日)

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